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    水晶の夜とトランスジェンダー差別

    例えば、
    「男に何やかんや言われたくない!」という声をよく聞く。
    実際、私自身、生活の中やネット内などでも思うこともある。
    しかし、本当にそうなんだろうか。

    差別の構造という基本的な認識として、
    人は、その時々の立場・環境によってマジョリティにもマイノリティにもなる。
    絶対的で普遍的な人間など無いんじゃないか?
    まあ、その「時」の社会的立場によっては、絶対的権力を持っている総理大臣とか警察とかは存在するが、
    その権力(職業)を手放し、病気になったり障害を持ったり、年を取ったりすると、
    その絶対的権力を持っていた人でも、人間性に関わらず「弱者」になる。

    この終わりが見えないようなトランスジェンダー差別が続く今、
    「差別」というものに対して、本当に男性は批判してはいけないのだろうか?
    差別を批判することに「資格」というものが必要なのだろうか?
    今まで散々、男たちは偉そうに踏ん反り返って抑圧してきた側だから?
    誰のことも差別をしたくないと思っている男性が、目の前で行われている差別に対して口を開いてはいけないのだろうか?
    男から女に向ける批判は、確かにとても難しい。
    自分が男だったら、きっと女性を批判することを躊躇ってしまうかも知れない。

    でも、やめてほしいと言うことさえ許されないのだとしたら、
    差別のない社会をどうやって手に入れられるというんだろうか。

    確かに私たちフェミニストは女性たちの奪われてきた権利の回復を訴え、
    拒絶され、無視され、それでも諦めず声を上げ続ける。
    そうやって、少しづつ社会は平等に近づき、差別することで得るものなんて何も無い、
    誰も差別されない社会は誰もが生きやすい社会なんだと、
    私はそういう理想を持っているんですが、お花畑ですかね?

    でも、この理想を実現させるために重要なことは、
    相手が理解してくれるまで「待ち続ける」ことじゃなく、
    「先ず、踏んでいる足をどけろ」と言うこと。
    半ば、強制的にでも「踏んでいる足をどけろ」と言うこと。

    だから、フェミニストたちは”法的に””制度として”
    「先ず、女たちを踏んでいる足をどけろ」と言っているのです。
    理想の社会を作ることと、どこにも矛盾はないように思うのですが。

    例えば、アニマルライツでもそうです。
    畜産動物やペットショップやネットでの生体販売、動物への虐待、パピーミルの現状に対し、
    理解されることより先ず、法的に「それは禁止」と求めます。

    子どもへの虐待も、先ず命を率先して守るために「虐待者から引き離す」ことを優先させます。


    「先ず、その行為を止めさせる」ことを優先するからこそ、その次に繋がるのです。
    それが出来なければ次に繋げられないのです。そうでしょ?
    踏んでいる足をどけないままでは、踏まれた側はいつまでも踏まれ続けるからです。


    例えば、ある地域に精神障害者が住める施設を作ろうとすると、地元住民が反対運動をしたりします。
    精神障害者は病院などで長期入院で隔離されたり、親が居なくなると孤立します。
    そんな皆が地域で暮らしたいと願って住居型施設を作ろうとすると、あちこちで反対運動が起こります。

    反対する住民は「精神障害者って、よく判らないから怖い」とか、
    「暴れたり犯罪を犯したりされたら安心して暮らせない」から、自分たちのエリアに入って来るなと言うのです。
    「精神障害者が地域で暮らすために私たちの地元が犠牲になるのか」と。
    そうやって不安や恐怖を理由に排除するのです。
    これが差別です。

    それでも尚、
    「私たちはトランス女性を差別したいんじゃない。不安な気持ちを言ってるだけだ」
    「不安や恐怖を言ってるのに差別だと言われ、私たちの安全を奪うのか」
    「トランス女性のために、私たち生物学的女性・生得的女性が危険に晒されるのか」
    これを本心から納得できるというなら、やはり貴方も差別をする側なのです。

    誰もが差別されない社会とかを求めていないなら、そもそも、女性の差別もなくなりません。
    「ウィメンズマーチがトランスに乗っ取られた」と怒り、ここまで侵食して(生物学的・生得的)女性を排除するのかという声を多く目にしました。
    あらゆる差別をなくそう、なんて絵空事だと。

    「水晶の夜」と比喩されたことに激怒し、嘆き悲しむシス女性がたくさん居ました。
    私たちが言っていることを大虐殺と関連付けるなということです。
    そうは思われたくないですよね。誰だって。
    でも、さっき書いた精神障害者施設排除の運動にしても、十分に「水晶の夜」に繋がる事です。
    そうやって人々の偏見や無知、不安から発展するのが差別であるからです。
    それをいくら否定しようと、歴史を知る人から見れば「水晶の夜」そのものなのです。
    ナチスだけでなく、この日本という国こそマイノリティを虐殺してきた歴史があるじゃないですか。
    (知らないとは言わせないよ)
    ファシズムというのは、マイノリティを排除し優生思想を利用し、民族主義を高揚させ、
    人々を殺人者にするものだと私は思います。
    ナチスも大ニッポン帝国も、他民族を虐殺し、同胞である同性愛者、精神障害者、身体障害者、自由主義者、共産主義者、宗教家たちを徹底的に差別し、虐殺に至らしめたりしましたよね。

    「生得的女性」だの「生物学的女性」だの、表現的にはそのせいで差別をうけている、と言っていますが、この言葉はまさに「優生思想」そのものです。
    だから批判されるのです。

    で、最初の話に戻ります。
    男性が女性を批判してはいけないのか。
    トランス排除を言うシス女性たちの多くは「男性に言われたくない」と言います。

    しかし、シス男性からの批判の声は、人として差別を見てみぬ振りは出来ないからしていることであり、
    シス女性への圧力とか抑圧とかにすり替えてはいけないのです。
    ただ、それを利用してミソジニストが乗っかっていることは知っています。
    そのことに怒っているのは私だけじゃないです。
    だったらミソジニストを批判しないのか!という声も知っています。
    けれど、彼女たちは本当に差別をなくしたいと思ってないことが分かってしまいました。
    もし、今回のトランス差別を、そのミソジニストたちが始めたとします。
    そうしたら彼女たちは抗議の声を上げたでしょうか?
    トランスジェンダーの人々と連帯して、差別やめろミソジニストめ!と言ってくれたでしょうか。
    けれど実際は、シス女性たちがそれ(ミソジニストによる批判)を拠りどころにして差別を正当化しているのです。


    マジョリティとマイノリティの立場というものは、何度も何度も書いているけど、
    その人の置かれた状況・環境によって入れ替わったりするのです。
    だからシス男性だといってもマイノリティになるし、シス女性もマジョリティになるのです。
    私は日本国籍のシス女性としてマイノリティであるけど、在日韓国朝鮮人、在日外国人の人々にとってはマジョリティであり、トランスジェンダーの人々にとってもマジョリティであり、
    それから色々な面でもマジョリティであると自覚しています。

    どうしても自分がトランス女性に対しマジョリティであることを認めたくないシス女性たちは、
    シス男性のマジョリティ性を利用して批判をかわし、シス男性に批判させない空気を作り、
    最悪なことにトランス女性を「男性」とジャッジしているのです。いつまでも。
    何度も何度も書いて来たけど、男性とジャッジすること自体が差別ですし、
    彼女らにとっては、男性で居てもらわないと困るんです。
    自分がマイノリティで居たいから。それだけの理由ですよ。
    マイノリティからの抗議は差別にならないということを知っているからです。
    差別の正当化以外に理由はありません。

    学者や専門家、ウィメンズマーチが自分たちの味方をしてくれない?
    自分が踏んでる足をどけたらどうですか?
    差別をやめろとしか言いようがないですよ。

    そして、これも何度も書いていますが、ミザンドリーをとことんまで単純化して煮詰めすぎると、
    「男性障碍者のちんちんの世話までさせようなんて、どこまであつかましいの!」と平気で言ってしまえるのです。
    私は血の気が引きました。この女性のつぶやきに900近いいいねが付いていたからです。
    こんなに多数の人間が、男性の障害者の性の介助に対して差別を肯定しているのです。
    相模原の障害者施設でヘイト虐殺事件が起こった背景には、こういった言動への疑いを持たない、
    肯定する人々が多くいる日本社会があるのでしょう。
    こんな発言をする人をRTしたり、いいねしたり。どうかしてるんじゃないですか?
    「水晶の夜」に例えられて当然ですよね。


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    プロフィール

    みぃ

    Author:みぃ
    2019年2月プロフィール更新しました。


    誰も咎めない、哂いものにしない.
    全ての差別に反対することは不可能なことじゃない。
    だから自分の間違いに気付けるようになりたい。


    境界性人格障害・レイプによるPTSDの患者でした。


    08年、社会復帰したので、本格的にレイプと闘う気持ちになりました。
    レイプ被害の現実などを、自分の一例としてたまに書いてます。
    何か私にお話がありましたら↓(メルアド変わりました)
    chibinet77(☆)yahoo.co.jp (☆)を@に変えてメールください。

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