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    死なないで、というメッセージ

    フラッシュ・バックが起こる可能性があります。ご注意ください。





    このブログには、毎日毎日【レイプ 告白】とか【本当のレイプ】といったキーワードで検索してくる人が
    とっても多い。

    大抵は性犯罪のリアルな描写を読んでみたい、とか、
    興味本位のアダルト目的だということは知っている。
    しかし、その他は本当に救いを求めて、または、性被害の境遇にある人の言葉を求めて来てくださる方もいる。

    現実は悲しいけど、アダルト目的の訪問者が、性被害の実態に興味を持ってはくれないものです。
    もし、わたしの文章にもっと読ませる力量があったら、
    その中のたった一人でも「心に引っかかる何か」を感じてもらえるのにな、と思う。



    私は、自分自身の性被害の原因は、ずっと自分の非によるものだと思い込んでいた。
    それは「周りの反応から察して」「社会的な一般常識」とかいうものを、押し付けられた所為だった。

    かれこれ事件から22年が経ったいま、このブログでも性犯罪というものは何か、を考えて来て、
    自分のなかで「被害者には何も責任などない」し、
    「被害者の落ち度」なんていう言葉自体が加害者側の論理だと、ハッキリ理解出来るようになった。

    だけど、たまに、いきなりフラッシュ・バックが襲って来ては、
    崖の下にドーンと突き落とされるような感覚に陥ることがある。

    強姦は【人間の尊厳に対する殺人】だと思う。

    私の場合、その、突き落とされる感覚というのを映像みたいにイメージすると・・・、
    いきなり誰かに胸のあたりを両手で突かれて、そのまま崖から海に堕ちて行く感じ?

    心臓のあたりに、鈍痛が走って、沈んで行くような感覚です。
    他の人の場合は、まったく想像が出来ませんので、あくまで私の場合です。

    だから、いくら頭では「自分は悪くないんだ」と解っていても、
    あの時のフラッシュ・バックに襲われると、たちまち過去の自分に戻ってしまうのです。
    過去の自分に戻ってしまうということは、
    「自分を責める自分」に戻るということです。


    まあ、いま私はこんなふうに揺り戻しはあるけど、回復しており、
    「死にたい」と思うようなこともなく、逆に「生きたい・生き延びたい」と
    強く願いながら毎日を生きています。

    けれど、世の中には性被害者だけでなく、様々な境遇で絶望の真っ只中に居て、
    毎日生きるのが辛くて「死んでしまいたい」と泣いている人もたくさん居ると思います。

    つい5・6年前の私もそうでした。
    毎日、どうやって死のうか、しか考られなかった。


    その頃、ある人と話したことがあります。
    その人も心の病気で「死にたい」という毎日のなか、
    辛い日々を送っていた事があったそうです。

    しかし、その人と私と、明らかに違う部分がありました。

    例えば誰かが「死にたい」というメッセージを発したとき、
    その人は死にたい気持ちが痛いほど分かるから、自分は「死ぬな」とは言わない、というのです。
    そんなに死にたいのなら、死んだっていいんじゃないか、と言うのです。
    私は死にたい気持ちは痛いほど分かるけど、やっぱり「死なないで」と言う建前です。

    もしかしたら、私は偽善的なのか、と悩んだりしました。
    でも、やっぱり目の前で、または遠くで「死にたい」と訴える人に「死んでいいよ」とは言えないのです。

    私も「生きろ」という兄に歯向かって、
    「こんなに辛いのに、生きろというのか!」と泣いて困らせたことが沢山ありましたから、
    「生きてくれ」「死なないで」という言葉の無意味さ、というか、
    まったくそんな言葉は、届かないのも知っています。

    身内の言葉でもこんななんだから、アカの他人の
    しかも、こんなブログとかいうネットの世界で「死なないで」というメッセージは、
    何も意味のない、無駄な言葉にしか思えないです。

    それを知ってても、私は、このブログへ来てくれた、少しだけでも縁のあった「誰か」に向けて
    「死なないで」「生きていて」と書いています。

    裁判などで、二次被害に遭った被害者の方へも、その無意味な言葉を何度も書きました。

    本当の絶望の中にいる人には、届かない言葉だと知っています。
    それでも、私が、だからといって「死にたいなら死んだっていいよ」と言われたら、
    やっぱり悲しかっただろうな、と思うのです。

    理解した上での「死んでいいよ」は、もう後がないというか、後に引けない、引き金になりそうだからです。
    死ぬことで、結果的にその人が苦しみから解放されたとしても、本当に解放されたと言えるのか。

    分からない。
    今でも、よく分かりません。

    私には、その人が絶望のまま、死んでしまうという事実が辛すぎる。
    ある意味、そのまま絶望が永久に続いてしまうんじゃないか、とさえ思えてくるのです。

    絶望のなかに居るとき「死なないで」という言葉は、心に届かない。
    けれど、絶望の中での「死んだっていいよ」という言葉は、意外とダイレクトに心に入ってくる気がする。

    届かなくて無意味かも知れないけど、他人に最後の背中を押す権利はないと思っています。
    そして、私は偽善とか無責任とか、きれい事とか、分かってて言っています。

    世の中には、私とは逆に「そうハッキリ言ってくれたほうが楽になる」と
    感じる方も居られるでしょうから、どっちが正解か、とかじゃない。

    私がここで「死なないで」と書いているのは、こういう気持ち、ということです。



    *警告*_暴言注意_

    あと、冒頭に書いたアダルト目的の連中には、本当にヘドが出ます。
    生きるか死ぬかの中で苦しむ被害者がこの世には沢山いるというのに、
    性犯罪をオカズにしてる連中なんだよな。
    検索ワードで、よくこんなこと思い付くな、って程、
    下衆なワードをたまに見かける。言葉の単語だけでゲロが吐けるレベル。

    この世にクズって部類の人間がいるとすれば、こういう連中なんだろな。

    汚い言葉を使ってごめんなさい。
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    プロフィール

    みぃ

    Author:みぃ
    ~またプロフィール更新しました~

    境界性人格障害・レイプによるPTSDの患者でした。


    08年、社会復帰したので、本格的にレイプと闘う気持ちになりました。
    レイプ被害の現実などを、自分の一例としてたまに書いてます。
    何か私にお話がありましたら↓(メルアド変わりました)
    chibinet77(☆)yahoo.co.jp (☆)を@に変えてメールください。

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