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    最高裁・逆転無罪の挑戦状

    フラッシュバックにご注意ください!


    *追記*2013年12月12日*

    性犯罪が起こると、冤罪冤罪!と連呼する方々が居られます。
    はじめに断って置きたいのですが、冤罪と、犯罪は、分けて考えて下さい。
    冤罪が悪いのは当たり前です。
    それと共に、犯罪によって被害に遭い、裁判で闘うのは当然の権利です。
    冤罪問題を追求なさりたい方は、いったん頭を整理なさって下さい。
    冤罪を作り出すのは誰なのか深く考えてください。

    特に、性犯罪は親告罪です。
    被害者自らが、晒されて訴えなければなりません。
    被害者を集中的に攻撃し、人権を侵害する行為が、
    本当に住み良い社会を作るとは思えません。

    冤罪にしか興味のない方々は、どうぞ、真剣に冤罪について追求してください。
    何をどうすれば、冤罪のない社会を作れるのか?
    実在する被害者を誹謗中傷したり、
    被害者攻撃をしていれば冤罪がなくなると思っているようでは何も進展しません。

    本来なら、冤罪被害者の方と性犯罪被害者は、同じ被害者なのであって、
    対立する者同士では、ないはずです。
    同じように人権は護られなければならないし、誰にも侵すことは出来ません。
    そこんとこ、注意深く考えてみて下さい。

    *追記おわり*




    あの事件の当日、私が着ていた服は

    翌日すべて捨てました。

    恋人からの初めてのプレゼントで、とっても気に入って大切に着ていた茶色のオーバーシャツ。

    3月のまだ肌寒い日だったけど、真冬でもいつも薄着だった私は、このシャツをコート代わりに着ていました。

    あの思い入れのあった服がどうしても恋しくて、似たような服が売っていないか

    今でも、たまに探してしまうほどです。

    でも、どこにも売ってない。

    返して下さい。私の服。






    さて、前回書いた最高裁の逆転無罪は性犯罪被害者を黙らせるためかの続きです。


    まず始めに、私の記憶の曖昧さはひどいです。

    だって、肝心な事件のあった日すら確信が持てないからです。

    自分では1991年3月10日だと思っていた。

    しかし兄は、1991年3月17日だと言う。

    更に事件に遭ったときの自分の年齢を、二十歳だと思っていた。

    しかし西暦から計算すると、21歳だった。これは確かに納得している。

    でも事件の日が3月17日だとは、未だに納得し切れていません。




    強姦事件で有罪を勝ち取ったケースと、無罪で終わってしまったケースの違いって何だろう?と

    ふと疑問に思ったので検索してたら、こんな記事を見つけました。


    法律事務所のHPにあるブログです。

    最高裁で強姦事件に逆転無罪判決 3(完)


    引用ではありませんが、要はこういうことを延べています。

    ≪判決を読むかぎり、最高裁の判決は妥当であり、
     被告人の供述通り、被害者に手淫してもらったにも拘わらず報酬を払わず逃走したから、
     ややこしくなった。

    ≪今回の事件も、女性が「手淫してあげたのに代金を支払わなかった」と訴えていれば
     こんなに大事にならなかったのに。

    何という言い草ですか。弁護士のくせに。

    最高裁というところはこの弁護士によると、憲法や法律の解釈について審議する所なので、

    今回のように『強姦があったか』『無かったか』にまで踏み込むのは異例ということです。

    まぁ、この弁護士ってちょっと気持ち悪いな~という個人的な感想は置いておきますが。


    最高裁の人たちも、こういう弁護士も、よっくここまで被害者の人権を踏みにじれるなぁ。

    最高裁は、建前として『疑わしきは罰せず』の精神に則ったに過ぎないわけで、

    それは大変崇高な精神ですから、是非とも則って頂きたいんですが。。。

    でもね・・・・やっぱ私には納得出来ないんですよ。強く強く。


    彼女があの夜の事件の後、パンティストッキングを購入し店に戻ったとき、

    店長から従業員の仲間から、一瞬にして彼女に何か大変なことが起こった事を悟っているわけです。

    店に戻った彼女は、ガタガタと震え顔面蒼白で、泣いていた。

    何かあったのか!との問いに、

    「やられた」と震えながら泣きながら答えたのです。

    そして店長や仲間と一緒に、現場に戻り警察に通報した。

    しかし、この経緯においても最高裁は、

    ≪彼女の「やられた」という言葉は、強姦されたという意味にも取れるが、

     3万くれるといったのにくれなかった、「騙された」という意味にも取れる≫

    と、あくまで被告人の供述の裏付け的に印象づけて利用しているのです。


    <お店に頼まれた買い物のため、ちょっと外出。

     その時、見知らぬ男に3万あげるから手淫してと誘われた。
     
     3万くれるなら手淫してやってもいいと思ったが、

     3万くれずに逃げられた。

     あまりの悔しさに、ガタガタ震え、顔は青ざめ、泣き出した・・・・・>


    私には、こう考えるほうが不自然なんです。



    事件直後、彼女が取った行動の中にも、被害者特有のものがあります。

    パンストを買うという行為も、よく考えれば、パンストなんか特に大事なものじゃない。

    けれど彼女は、店に頼まれた品は買わず、パンストを買って戻った。

    きっと、店の買い物のことは丸っきり忘れていたと思われます。

    自分の身にとんでもない恐ろしいことが起こった。

    彼女の供述から察すると、被告人の精液が服などに掛かったため、激しい嫌悪感が沸き上がり、

    破られたパンストを脱ぎ捨てた。

    自分の身に起こった余りにも恐ろしい出来事に強烈なショック状態に陥り、

    意識がパンストにだけ集中したせいで、店に頼まれた品は完全に忘れ、新しいパンストを購入した。


    また、被告人が何度も繰り返しこのようなことをしていたことに沿う意見として、

    <この日、被告人は仕事の合間の数十分しかないのに、姦淫にまで及ぶとは考えられない>

    などと言うのです。

    仕事の合間だから、強姦なんかしない? 仕事の合間だから、いつもの手淫だろう?と。

    恐ろしいですね。というか、随分と被告人の気持ちが分かるんですね。

    まるで自分のことみたいに、手に取るように分かるのでしょうか。

    先にリンクした弁護士も、この被告人と裁判官に同調しているので、似た者同士なのでしょうね。


    この弁護士さん、この事件のことを

    「(今回のような)つまらない事件が注目すべき最高裁判決を生んだ」と締めくくっていますが、

    この人、大丈夫ですか?勉強しすぎちゃった?

    まぁ、こういう弁護士が被告人の弁護をして、被害者を追い詰めていい気になっているのが

    この世の中です!



    もう一度書きますね。


    <お店に頼まれた買い物のため、ちょっと外出。

     その時、見知らぬ男に3万あげるから手淫してと誘われた。
     
     3万くれるなら手淫してやってもいいと思ったが、

     3万くれずに逃げられた。

     あまりの悔しさに、ガタガタ震え、顔は青ざめ、泣き出した・・・・・>



    これが1番信頼できる脚本なのだと最高裁は結論を下したのです。

    この脚本が1番、妥当たと弁護士も言うのです。

    それって願望でしょ?妄想でしょ?作り話でしょ?



    決め付けんなよ!!


    しかし、店の店長や従業員の仲間は、

    彼女が買い物に行って帰って来たと思ったら、

    <『体はガタガタと震え、顔は青ざめ、涙を流していた』ので、これはただ事じゃないと悟った>

    そして彼女が『やられた・・・』といったとき、やっぱり酷いことをされたのだ確信したわけです。

    彼らは「やられた」イコール『騙された』と受け取ったのでしょうか。

    ことの細かい経緯を聞く前に、『騙された涙』『悔し涙』だと感じたでしょうか。

    では、このお店の人たちもグルで、彼女が騙されたことに対する腹いせ・復讐のために

    わざわざ嘘の証言をしたというのですか?

    彼女の供述が嘘だというなら、証人である店の店長や従業員も、揃って同じ嘘をついたのですか?

    彼女の供述が疑わしいなら、証人の証言も詳しく慎重に検証すればいいじゃないですか。

    一般的に複数の人物が、嘘を言うと大抵はどこか不自然な点や、証言の食い違いが起こるものでしょう?

    被害者を疑うなら、その証人の証言を特に検証すれば矛盾点・食い違いがはっきりするはずでは?

    そのことに一言も触れていないことからしても、証言に不自然な点がない、

    また証人みんなに食い違う点もない、ということを物語っているのでは?


    これが判決の通り、被告人の供述通り、先の弁護士の言うとおり、

    売春の不成立から起こった事件だと言いたいのですね?


    被害者は売春したのだと。

    店の買い物を頼まれ、ちょっとだけ外出中、男の罠にはまって騙されたのだと。


    私にはどうしても引っ掛かるのです。

    被告人が仕事の合間の短い時間だから強姦するとは考えにくいと言うのなら、

    何故、彼女も仕事中のお使いである、短い時間の間に手淫するとは考えにくいとならないのでしょうか。


    もとからここには平等に物事を捉える、ということは存在していないように思えます。

    前にも書いたけど、被害者の供述も被告人の供述も、同じように検証する必要はない、と言っているようです。

    1審2審と、被告人が有罪になったことへの、ある種の警告とも言えるような。

    その警告のためにだけ行われた、判決だったのではないか。


    被害者の言うことばかり聴かないぞ。

    被害者の供述なんて、これからはもう信用できないんだぞ、という脅しですか?


    でも、昔っから裁判なんて被害者は弱い立場でしたし、殆どが負け戦のようでしたよ。

    有罪を勝ち取れる判例は・・・、私の感覚でいうと被害者が複数いて供述も重なるとか・・・。


    先の弁護士の別の記事によると、最高裁というところは「事実がどうであったか」よりも

    法律の解釈が間違っていないかに争点を絞って審議するところだそうです。

    だから1審2審で有罪判決になっていても、『無罪なのは明らか』という場合にのみ破棄・自判する。

    被害者の供述を信用し、有罪にした原判の事実誤認は明らかなので、差し戻す必要なく『無罪である』ってことらしい。

    難しくてもう着いていけません。


    それぐらい重要な役割があって、今後の裁判の指針にもなる程のことなら、

    もうちょっと、私を納得させる言い草は出来ないものですかね。

    私から見たって、こうやって疑問に思うことがあり過ぎる。

    はなから被告人の供述ありき、なんですよね。

    被害者の供述ありき、がよろしくないからといって、ここまで歪曲して被告人ありきにしちゃって良いのでしょうか。


    これからの性犯罪告発に対する恫喝に思えるんですが、考え過ぎですか?




    これが冤罪を食い止めるための、プロバガンダにするつもりなら

    生け贄にされる被害者は誰が救ってくれるのですか。





    加筆8月11日。
    この千葉強姦事件の最高裁判決に対し、アジア女性資料センターさんが抗議文を送りました。
    この抗議文に賛同する人の署名を8月15日まで募っておられます。
    私も署名しました。詳細はこちら(抗議文全文)をお読みください。メールに署名し、送信するだけです。


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    プロフィール

    みぃ

    Author:みぃ
    ~またプロフィール更新しました~

    境界性人格障害・レイプによるPTSDの患者でした。


    08年、社会復帰したので、本格的にレイプと闘う気持ちになりました。
    レイプ被害の現実などを、自分の一例としてたまに書いてます。
    何か私にお話がありましたら↓(メルアド変わりました)
    chibinet77(☆)yahoo.co.jp (☆)を@に変えてメールください。

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