FC2ブログ

    必死で生きているのに

    震災から5ヶ月。

    被災地以外では、すでにもう風化しつつある。

    復興だ復興だと、そればかりがTVでも映される。

    だけど、何も何にも、解決していないじゃない。

    被災地で『国によって』置き去りにされた、どうぶつたちは、

    本当に、もう生きている子、少ないそうです。

    ということは、ボランティアさんたちが保護してくれた以外の放浪どうぶつは、

    ほとんどが餓死、病死しているということですよね。

    でもまだ、懸命に生きている子たちが居るんです。

    今まさに、この瞬間も、たった独りぼっちで、

    飢えて、喉が乾いて、寂しくて、悲しくて、怖い思いをして、

    必死に、よろよろと誰もいない町を歩き回り、息をしている子が居る。

    これが日本の今の本当の姿です。

    政府の人間は何百人といても、役に立たないのか。

    民間のボランティアさんたちが必死に現地でエサ置きをしてくれてる、その横で、

    警官が目を光らせ、行く手を阻む。

    義援金は何億と集まっている筈なのに、ボランティアさんには届いているのだろうか?

    国は、どうぶつたちが全て息絶えるのを待っている。

    ならば、それを決めた国の人間が、どうぶつたちの最期を看取ってやってください。

    一匹一匹、息絶えるその姿を、

    命を助けに来てくれたボランティアさんたちに見せないで。

    何百人も政府に関わる人間がいるならば、

    貴方たちが決めた結果を、きちんと見届けることです。

    それも嫌だというなら、もう『無責任』という言葉しか見つからない。。。

    うちのとらまるさんの記事 『待ってるよ 2』から転載させていただきます。

    _______________________________

    『待ってるよ 2』




    待ってるよ






    o0800053311436245827.jpg







    雨に濡れ

    どろどろになって

    お腹を減らして


    待っているのです






    人間不信になってしまったけど

    人間と一緒でなければ生きていけない

    猫はそういう生き物なんです





    転載ここまで_______________________________









    こんな現実、どこも放送しない。
    本当なら、毎日のように、福島の今を知らせなきゃいけないんじゃない。

    どこもバラエティばかり、日常が戻ったような錯覚になる。

    けれど、どうぶつたちは、呆気なく国から見放されながらも、
    必死に生きようとしている。

    どうするんですか。この事実。

    どうして?

    パブリックコメント締切27日まで!(追加あり)

    *追加します*

    8月20日時点(更に追加)
    昨晩から環境省のメールボックスがパンク状態のようで、何度送信しても返って来てしまいます。
    今日の現時点でも同じです。きっと沢山のパブコメが来ているんでしょうね。
    どうぶつを愛する人と・・・・業者と・・・???

    下記のフォームを作成してくださった公益財団法人どうぶつ基金 さんが、
    記入フォームを増設してくださり、環境省のメールボックスが復旧次第、転送して下さるそうです!
    本当に有難いですよね。至れり尽くせり(#^.^#)




    パブコメ期限、来週の土曜日です。
    こういう方法もあります。公益財団法人どうぶつ基金さんが作成してくださった
    1分で完了!動物の法律改正パブリックコメント携帯メールも可←こちら。
    このフォームからの意見提出が正式にパブコメとして受け取って貰えると、環境省の確認済みです。
    2箇所に☑を入れて、メルアドを記入し、必要事項を記入するだけです。
    これなら、家族にも薦めやすいですね。小さなお子さんでも勿論、意見提出可能ですよ。

    また、もうひとつ。
    とっても画期的なフォームを作成された方が居ります。目から鱗ですよ!
    パブリックコメントを作成するためのツールです。
    どうぞ1度、このサイトを覗いてみてください。思わず書きたくなってしまいますよ。
    私はこの方法でパブコメを書く事が出来ました。
    間違いなく、意見と理由が書けること、意見に対する『理由』という項目が難しいのですけど
    これなら既存する『理由』の項目に☑して、更に自分の『理由』を書き足すだけなのです!

    パブコメには、感情論的な意見は素通りされてしまうそうです。
    気持ちが高まって、つい色々書きたくなりますが、人間的な感情論より、実践可能な意見がものを言うそうです。

    メール、FAX、郵送のいずれからも送れます。急がなきゃ!






    動物愛護法の動物取扱業の適正化について、

    環境省が一般からパブリックコメント(国民の意見)を募集しています。

    んが・・・・、これって広く知られていないんですよね。

    あたしも去年、初めて知ったし・・・。

    しかも5年に一度しかチャンスがない。

    こんなの問題があると思ったらいつでも改正出来なきゃダメでしょう、というご意見を見たことがあります。

    もっともですよね!

    前回の改正の際、仔猫・仔犬がペットショップで売られる月齢について、

    生後8週齢未満の販売禁止という案が、大筋では通る筈だったらしいです。

    しかし、ペット産業の組織票で、反対9500票、賛成200票という圧倒的多数で見送られてしまいました。


    今年は絶対に業界の組織票なんかに負けないように、

    Twitterなどでも、どうぶつ好きの人たちが懸命に声を上げて、1票でも多く声を届けようと運動されています。

    私も今回はパブコメを出すことにしました。

    私の大好きなブログ『ジュルのしっぽ』のhana*さんも、丸ごとコピー出来るパブコメを作成してくださいました。

    私のように、気持ちはあっても難しくて書けないな~と時間が過ぎてしまいそうなら、

    hana*さんのパブコメをコピーして27日までに、環境省のshizen-some@env.go.jpまで送信することも出来ます。

    また、書き方についての詳細はパブリックコメントについてここに載っております。

    こちらを参考にして、ご自分の文章で書かれるのが1番良い様に思います。如何でしょう。


    今月の27日必着です。宜しくお願いしますm__m




    070825_223830.jpg



    過去が剥がれていく

    ついこの前、母が夢に出てきた。

    私が部屋の掃除をしていて窓辺で洗濯物を取り込んでいると、
    外の路地に、母とよく似た人がいた。

    え?もしかして、お母?

    あわてて窓から飛び出し、「もしかして、お母さん?!」と訊くと、
    「そうだよ」と、母が微笑んだ。

    「お母さん、来てくれたの?」
    「うん」

    確かに、昔に聞いていた母の声そのままだった。
    嗚呼、母の声はこういう声だったな、としみじみ聞いていた。

    少しだけ一緒に佇んでいると、母は「もう帰るね」といった。
    「もう帰っちゃうの?まだいいじゃない」

    「また、すぐ来るよ」
    「また来てくれるの?じゃあ、いいよ帰っても」


    そして母は微笑んだまま、どこかに消えて行った。
    そんな夢でした。


    あ~、お母。ありがとう。
    会いに来てくれたんだね。
    で、また会いに来てくれると約束してくれた。

    ありがとう。

    不思議なもので、母に対して葛藤してたころは、
    母はいつも遠くを見つめるだけだったり、助けを求めても私が見えていないようだったり、
    母に言われたくなかった言葉をそのまま言われたりするような悪夢ばかりだったのに。

    今は本当に穏やかで、私の気持ちも母に会えたことが、ただ、嬉しい。
    何気ない昔の日常のシーンだったり、一緒に買い物する夢だったり。

    実際の生活でも、素直な気持ちで仏壇のお水をあげたり、何かお菓子があればお供えしたり。



    7年ぐらい前、私は本当に辛くて絶望していて、今日死のう、としてた日。
    母に「もう、連れてけよ!」と言った。

    すると母の声で「連れてかないよ」と聞こえた。

    搬送された救急病院で、私はやっぱり生き延びていた。
    兄も、お母が連れてかなかったんだよ、と言ってたけど、
    それでも私は、母を恨んでいたんですよね。


    色んな人に生かされたんだと思っています。
    母だけじゃなく、兄、父、知り合いの牧師さん、仙台の恩師。


    で、今、母が夢の中で優しく微笑んでくれたことや、
    初めて言葉にして「また来るよ」と言ってくれたのも、
    やっぱり母は、私を見守ってくれているんだなあ、と思いました。

    ありがとうね、お母。


    今、お盆だからかな。ちょうど時期も良いし。
    ありがとう。



    そして、私が辛い状態だった頃、毎日のように
    強姦がテーマの映画をひとりで観ていました。

    その理由が自分でも分からず、
    院長でも首を傾げていたし、周りからは「観ないほうがいい」とよく言われていたんだけど、

    今日ようやく本当の理由・意味が分かりました。

    私はやっぱり独りぼっちが寂しかったんだな。
    映画の中の主人公が、強姦に遭って、苦しむ姿や闘う姿をみることで
    「私は独りじゃないんだ」って想いたかったんだな。

    同じところで怒りを抱いて、無理解に傷ついて、
    同じところで疎外感を持って、泣いて。


    自分の怒り、苦しみは、間違っていない。
    正当なものなんだ、って知りたかったんだな。

    今、こうしてパソコンで色んな人の言葉が聞けるようになって、
    時には、その人と文章で会話まで出来ることもあって、
    その人が私のような見ず知らずのものでも、快く接してくれることなどがあると、
    嗚呼ほんとうに嬉しいな、独りじゃないんだ、としみじみ思うのです。



    私を覆っていた暗い膜が、
    少しづつ、剥がれていっているんです。







    幸せがわからない

    私は

    20年前に殺されそうになり、

    その後、あまりの苦しさから繰り返し死のうとした。

    数年前から、死にたい気持ちからも解放され、生きている喜びを知った。

    十数年ぶりに見る外の世界は、本当にまぶしくて光がきらきら輝いていた。

    空ってこんなに青いものなの?

    陽の光って、こんなにまぶしいものなの?

    生まれて初めて、外の世界がこんなに明るいものなのか知り、まぶし過ぎて目を開けていられないほどだった。

    ずっとモヤのような暗い膜が張った世界しか知らなかったので、

    本当にこれは自分にとって衝撃的でした。


    しかし、私の心は、未だ本当の幸せを知りません。

    今まで自分の目に映らなかった、闇の世界を知ってしまったからです。


    毎日のように、生きている動物たちが理由もなく殺される闇の世界。

    たとえ、どこかの家で飼われていたとしても、一度迷子になって収容されれば

    数日後にはガス室で、もがき苦しみながら殺されてしまう。

    また、唯一の家族だと思っていた人間に、身勝手な理由で捨てられ殺されてしまう。

    また、子どもを産む道具として残酷な仕打ちを受け、使い物にならなくなったら捨てられ殺される。

    また、人間の化粧品やサプリメント、薬なのどために、残忍な実験をさせられ物のように殺される。


    そして、私と同じように強姦されたり、また殺されたりする被害者。

    深い傷を負っても、誰にも助けてもらえず、責任転嫁される被害者。


    放射能・放射線によって、全てを失った人たち。

    戦後66年経っても尚、原爆症と認められずに、何の支援もなく苦しみばかり負わされる人たち。

    人生が始まったばかりなのに、放射線の被害に怯えて生きることを強いられた子どもたち。



    ここには書ききれないぐらいの、この世界の闇が、

    私の視界を再び曇らせ、生きる喜びを奪う。

    これって、みんな人間が仕出かしたことばかりじゃないか。




    最高裁・逆転無罪の挑戦状

    フラッシュバックにご注意ください!


    *追記*2013年12月12日*

    性犯罪が起こると、冤罪冤罪!と連呼する方々が居られます。
    はじめに断って置きたいのですが、冤罪と、犯罪は、分けて考えて下さい。
    冤罪が悪いのは当たり前です。
    それと共に、犯罪によって被害に遭い、裁判で闘うのは当然の権利です。
    冤罪問題を追求なさりたい方は、いったん頭を整理なさって下さい。
    冤罪を作り出すのは誰なのか深く考えてください。

    特に、性犯罪は親告罪です。
    被害者自らが、晒されて訴えなければなりません。
    被害者を集中的に攻撃し、人権を侵害する行為が、
    本当に住み良い社会を作るとは思えません。

    冤罪にしか興味のない方々は、どうぞ、真剣に冤罪について追求してください。
    何をどうすれば、冤罪のない社会を作れるのか?
    実在する被害者を誹謗中傷したり、
    被害者攻撃をしていれば冤罪がなくなると思っているようでは何も進展しません。

    本来なら、冤罪被害者の方と性犯罪被害者は、同じ被害者なのであって、
    対立する者同士では、ないはずです。
    同じように人権は護られなければならないし、誰にも侵すことは出来ません。
    そこんとこ、注意深く考えてみて下さい。

    *追記おわり*




    あの事件の当日、私が着ていた服は

    翌日すべて捨てました。

    恋人からの初めてのプレゼントで、とっても気に入って大切に着ていた茶色のオーバーシャツ。

    3月のまだ肌寒い日だったけど、真冬でもいつも薄着だった私は、このシャツをコート代わりに着ていました。

    あの思い入れのあった服がどうしても恋しくて、似たような服が売っていないか

    今でも、たまに探してしまうほどです。

    でも、どこにも売ってない。

    返して下さい。私の服。






    さて、前回書いた最高裁の逆転無罪は性犯罪被害者を黙らせるためかの続きです。


    まず始めに、私の記憶の曖昧さはひどいです。

    だって、肝心な事件のあった日すら確信が持てないからです。

    自分では1991年3月10日だと思っていた。

    しかし兄は、1991年3月17日だと言う。

    更に事件に遭ったときの自分の年齢を、二十歳だと思っていた。

    しかし西暦から計算すると、21歳だった。これは確かに納得している。

    でも事件の日が3月17日だとは、未だに納得し切れていません。




    強姦事件で有罪を勝ち取ったケースと、無罪で終わってしまったケースの違いって何だろう?と

    ふと疑問に思ったので検索してたら、こんな記事を見つけました。


    法律事務所のHPにあるブログです。

    最高裁で強姦事件に逆転無罪判決 3(完)


    引用ではありませんが、要はこういうことを延べています。

    ≪判決を読むかぎり、最高裁の判決は妥当であり、
     被告人の供述通り、被害者に手淫してもらったにも拘わらず報酬を払わず逃走したから、
     ややこしくなった。

    ≪今回の事件も、女性が「手淫してあげたのに代金を支払わなかった」と訴えていれば
     こんなに大事にならなかったのに。

    何という言い草ですか。弁護士のくせに。

    最高裁というところはこの弁護士によると、憲法や法律の解釈について審議する所なので、

    今回のように『強姦があったか』『無かったか』にまで踏み込むのは異例ということです。

    まぁ、この弁護士ってちょっと気持ち悪いな~という個人的な感想は置いておきますが。


    最高裁の人たちも、こういう弁護士も、よっくここまで被害者の人権を踏みにじれるなぁ。

    最高裁は、建前として『疑わしきは罰せず』の精神に則ったに過ぎないわけで、

    それは大変崇高な精神ですから、是非とも則って頂きたいんですが。。。

    でもね・・・・やっぱ私には納得出来ないんですよ。強く強く。


    彼女があの夜の事件の後、パンティストッキングを購入し店に戻ったとき、

    店長から従業員の仲間から、一瞬にして彼女に何か大変なことが起こった事を悟っているわけです。

    店に戻った彼女は、ガタガタと震え顔面蒼白で、泣いていた。

    何かあったのか!との問いに、

    「やられた」と震えながら泣きながら答えたのです。

    そして店長や仲間と一緒に、現場に戻り警察に通報した。

    しかし、この経緯においても最高裁は、

    ≪彼女の「やられた」という言葉は、強姦されたという意味にも取れるが、

     3万くれるといったのにくれなかった、「騙された」という意味にも取れる≫

    と、あくまで被告人の供述の裏付け的に印象づけて利用しているのです。


    <お店に頼まれた買い物のため、ちょっと外出。

     その時、見知らぬ男に3万あげるから手淫してと誘われた。
     
     3万くれるなら手淫してやってもいいと思ったが、

     3万くれずに逃げられた。

     あまりの悔しさに、ガタガタ震え、顔は青ざめ、泣き出した・・・・・>


    私には、こう考えるほうが不自然なんです。



    事件直後、彼女が取った行動の中にも、被害者特有のものがあります。

    パンストを買うという行為も、よく考えれば、パンストなんか特に大事なものじゃない。

    けれど彼女は、店に頼まれた品は買わず、パンストを買って戻った。

    きっと、店の買い物のことは丸っきり忘れていたと思われます。

    自分の身にとんでもない恐ろしいことが起こった。

    彼女の供述から察すると、被告人の精液が服などに掛かったため、激しい嫌悪感が沸き上がり、

    破られたパンストを脱ぎ捨てた。

    自分の身に起こった余りにも恐ろしい出来事に強烈なショック状態に陥り、

    意識がパンストにだけ集中したせいで、店に頼まれた品は完全に忘れ、新しいパンストを購入した。


    また、被告人が何度も繰り返しこのようなことをしていたことに沿う意見として、

    <この日、被告人は仕事の合間の数十分しかないのに、姦淫にまで及ぶとは考えられない>

    などと言うのです。

    仕事の合間だから、強姦なんかしない? 仕事の合間だから、いつもの手淫だろう?と。

    恐ろしいですね。というか、随分と被告人の気持ちが分かるんですね。

    まるで自分のことみたいに、手に取るように分かるのでしょうか。

    先にリンクした弁護士も、この被告人と裁判官に同調しているので、似た者同士なのでしょうね。


    この弁護士さん、この事件のことを

    「(今回のような)つまらない事件が注目すべき最高裁判決を生んだ」と締めくくっていますが、

    この人、大丈夫ですか?勉強しすぎちゃった?

    まぁ、こういう弁護士が被告人の弁護をして、被害者を追い詰めていい気になっているのが

    この世の中です!



    もう一度書きますね。


    <お店に頼まれた買い物のため、ちょっと外出。

     その時、見知らぬ男に3万あげるから手淫してと誘われた。
     
     3万くれるなら手淫してやってもいいと思ったが、

     3万くれずに逃げられた。

     あまりの悔しさに、ガタガタ震え、顔は青ざめ、泣き出した・・・・・>



    これが1番信頼できる脚本なのだと最高裁は結論を下したのです。

    この脚本が1番、妥当たと弁護士も言うのです。

    それって願望でしょ?妄想でしょ?作り話でしょ?



    決め付けんなよ!!


    しかし、店の店長や従業員の仲間は、

    彼女が買い物に行って帰って来たと思ったら、

    <『体はガタガタと震え、顔は青ざめ、涙を流していた』ので、これはただ事じゃないと悟った>

    そして彼女が『やられた・・・』といったとき、やっぱり酷いことをされたのだ確信したわけです。

    彼らは「やられた」イコール『騙された』と受け取ったのでしょうか。

    ことの細かい経緯を聞く前に、『騙された涙』『悔し涙』だと感じたでしょうか。

    では、このお店の人たちもグルで、彼女が騙されたことに対する腹いせ・復讐のために

    わざわざ嘘の証言をしたというのですか?

    彼女の供述が嘘だというなら、証人である店の店長や従業員も、揃って同じ嘘をついたのですか?

    彼女の供述が疑わしいなら、証人の証言も詳しく慎重に検証すればいいじゃないですか。

    一般的に複数の人物が、嘘を言うと大抵はどこか不自然な点や、証言の食い違いが起こるものでしょう?

    被害者を疑うなら、その証人の証言を特に検証すれば矛盾点・食い違いがはっきりするはずでは?

    そのことに一言も触れていないことからしても、証言に不自然な点がない、

    また証人みんなに食い違う点もない、ということを物語っているのでは?


    これが判決の通り、被告人の供述通り、先の弁護士の言うとおり、

    売春の不成立から起こった事件だと言いたいのですね?


    被害者は売春したのだと。

    店の買い物を頼まれ、ちょっとだけ外出中、男の罠にはまって騙されたのだと。


    私にはどうしても引っ掛かるのです。

    被告人が仕事の合間の短い時間だから強姦するとは考えにくいと言うのなら、

    何故、彼女も仕事中のお使いである、短い時間の間に手淫するとは考えにくいとならないのでしょうか。


    もとからここには平等に物事を捉える、ということは存在していないように思えます。

    前にも書いたけど、被害者の供述も被告人の供述も、同じように検証する必要はない、と言っているようです。

    1審2審と、被告人が有罪になったことへの、ある種の警告とも言えるような。

    その警告のためにだけ行われた、判決だったのではないか。


    被害者の言うことばかり聴かないぞ。

    被害者の供述なんて、これからはもう信用できないんだぞ、という脅しですか?


    でも、昔っから裁判なんて被害者は弱い立場でしたし、殆どが負け戦のようでしたよ。

    有罪を勝ち取れる判例は・・・、私の感覚でいうと被害者が複数いて供述も重なるとか・・・。


    先の弁護士の別の記事によると、最高裁というところは「事実がどうであったか」よりも

    法律の解釈が間違っていないかに争点を絞って審議するところだそうです。

    だから1審2審で有罪判決になっていても、『無罪なのは明らか』という場合にのみ破棄・自判する。

    被害者の供述を信用し、有罪にした原判の事実誤認は明らかなので、差し戻す必要なく『無罪である』ってことらしい。

    難しくてもう着いていけません。


    それぐらい重要な役割があって、今後の裁判の指針にもなる程のことなら、

    もうちょっと、私を納得させる言い草は出来ないものですかね。

    私から見たって、こうやって疑問に思うことがあり過ぎる。

    はなから被告人の供述ありき、なんですよね。

    被害者の供述ありき、がよろしくないからといって、ここまで歪曲して被告人ありきにしちゃって良いのでしょうか。


    これからの性犯罪告発に対する恫喝に思えるんですが、考え過ぎですか?




    これが冤罪を食い止めるための、プロバガンダにするつもりなら

    生け贄にされる被害者は誰が救ってくれるのですか。





    加筆8月11日。
    この千葉強姦事件の最高裁判決に対し、アジア女性資料センターさんが抗議文を送りました。
    この抗議文に賛同する人の署名を8月15日まで募っておられます。
    私も署名しました。詳細はこちら(抗議文全文)をお読みください。メールに署名し、送信するだけです。


    プロフィール

    みぃ

    Author:みぃ
    2019年2月プロフィール更新しました。


    誰も咎めない、哂いものにしない.
    全ての差別に反対することは不可能なことじゃない。
    だから自分の間違いに気付けるようになりたい。


    境界性人格障害・レイプによるPTSDの患者でした。


    08年、社会復帰したので、本格的にレイプと闘う気持ちになりました。
    レイプ被害の現実などを、自分の一例としてたまに書いてます。
    何か私にお話がありましたら↓(メルアド変わりました)
    chibinet77(☆)yahoo.co.jp (☆)を@に変えてメールください。

    QRコード

    QR

    月別アーカイブ

    ブログ内検索

    ブロとも申請フォーム

    FC2ブログジャンキー