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    victor jara②

    the clashのアルバム『SANDINISTA』の中に
    「Washington Bullets」(ワシントンの銃弾)という曲があります。

    その曲の中に、

     ”As Every Cell In Chile Will Tell,
    The Cry Of The Tortured Man.

    Remember Allende, And The Days Before,
    Before The Army Came.

       Please Remember Victor Jara,
        In the Santiago Stadium,

    Es Verdas-Those Washington Bullets Again."



     ”チリの全ての監獄が教えてくれる 
    拷問される男たちの悲鳴
       アジェンデを思い出せ 
    ヴィクトル・ハラを思い出してくれ お願いだ
       サンチャゴ・スタジアムのことを
       またワシントンの銃弾だ”



    この歌詞がどうしても胸に突き刺さって、
    一体、何が起こったのか気になって仕方なかったのです。

    そんなとき、世界の民族音楽を放送してたラジオ番組で
    偶然に流れた音楽がヴィクトル・ハラの曲だったのです。
    確か、特集かなにかで何曲かまとめて放送してくれたんですね。
    ”気になる” ”知りたい”と思っていると、
    タイミング良く向こうから来てくれるってこと、あるのかも知れない。

    それをカセットテープに録音して、いつも聴いていました。
    そのうち、サンディニスタを知りたくなり、
    ニカラグア革命のことも本を買って読んだりしました。

    それから数年後、
    日本で発売されたヴィクトル・ハラのCD『人間であることの歌(ベスト15)』を買いました。
    「オーマガトキ」という新星堂の自社レーベルからの限定発売でした(リンクしてません)。

    このCDの解説と訳詞をされたのがヴォーカリストであり作家でもある八木啓代さんです。

    この方の解説がとても解りやすいので、引用させて頂きます。



    1973年9月、当時の世界の注目を集めていたサルバドール・アジェンデ大統領と人民連合による
    「チリでの選挙による社会主義」の実験は、
    この国を襲った経済危機のなか、わずか3年で、米国のCIAの関与する軍部の反乱によって幕を閉じた。
    (中略)
    このアジェンデ自身をも犠牲者の一人に数える流血の軍事クーデターの中で、
    前途の『新しい歌』の代表格であり、かなりの人気歌手でもあったひとりの音楽家が、
    人民連合支持者であるという理由で虐殺されたというニュースは、当時、全世界を震撼させる。
     
     それが、ビクトル・ハラだった。
     クーデターの数日後の9月16日。35歳の誕生日を目前に控えた、
    この才能溢れるシンガー・ソング・ライターの、両腕を砕かれ機関銃で撃たれたむごたらしい死体が発見され、
    彼の作品は、以後、15年以上にわたって軍事政権のもとで禁じられたのである。






    ビクトル・ハラの最期について、調べてみると本当に”虐殺”であったことが分かります。

    1973年9月11日。
    チリのサンティアゴで、ピノチェト将軍による軍事クーデターが起こります。
    これは当時のアメリカ政府が利権のために、
    ピノチェトを利用し、仕掛けたようなものだとあたしは思っています。

    クラッシュの「ワシントンの銃弾」というタイトルになったのも、そういう理由だと思います。
    (ピノチェト軍事政権後もアメリカは利用し続けました)

    首都サンティアゴが制圧され、
    アジェンデ大統領が官邸に篭城し、ラジオから戦う意志を伝えた後、
    官邸ごとダイナマイトで爆破され死亡しました(降伏すると表明したが、軍が拒否し射殺されたとの情報も)。

    そして大勢の活動家や市民が、大学に非武装で立てこもりました。
    そのなかにビクトル・ハラも居たのです。
    そして、クーデター軍に拘束され、チリ・スタジアムに連行されました。
    ここでは約5000人もの人々が収容され、食料も水も与えられず放置されたようです。

    そこで拷問が行われたのです。
    ヴィクトル・ハラが、そこで人民連合のテーマ曲”ベンセレーモス”を歌い始めると、ハラの両手を砕き、
    それでもなお歌い続けるハラに拷問し続けました。
    最期にロシアン・ルーレットの1発を彼のこめかみに発射すると、
    一斉に数十発もの弾丸を彼の身体に撃ち込みました。
    その後、彼の遺体は道端に放置されました。

    この彼の死に様について、色々な説も出てくるようになりましたが、
    有名な説では、スタジアムに監禁されたハラが、
    ギターを弾きながら仲間を励まし歌った、とありますが、
    スタジアムに連行されたときは、みな後ろ手に縛られていたから
    ギターは持って行けなかった筈だ、等。

    しかし、あとから尾ひれが付いたとしても、
    彼の遺体にあった無数の骨折痕や数十発に及ぶ弾痕は
    何があったのか物語っていると思います。

    ヴィクトル・ハラとともに、スタジアムで監禁された仲間たちは、
    虐殺されたか強制収容所に入れられたと伝えられています。

    その後、軍事政権が19年続き、
    その間にも多くの人権弾圧があったことも事実です。



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    数日前から『平和に生きる権利』という彼の歌を、
    画像と字幕を入れて編集していました。
    それをU-TUVEで動画投稿してみました。

    この曲は、ヴィクトル・ハラが、アメリカで起こった
    ベトナム反戦運動に呼応して作った曲だそうです。

    画像のなかに、アメリカ政府からの参戦要請をうけ、
    ベトナム戦争に派遣された韓国軍兵士の写真がありますが、

    韓国軍兵士のなかには、アメリカ兵と同様に、虐殺に加わった兵士もいるそうです。
    ただ、韓国軍兵士にも枯葉剤のことは知らされておらず、
    知らずに枯葉剤を身体に浴びた兵士たちのなかには、
    未だに後遺症で苦しむ人たちがいるそうです。


    そして、動画の後半に出るヴィクトル・ハラの写真には、
    民衆と一緒にデモ行進をするハラの姿があります(右端)。




    「平和に生きる権利」 作詞・作曲ヴィクトル・ハラ (対訳・八木啓代)







    アメリカの歴史は、他国に対する「内政干渉」の歴史だと思います。
    オバマ氏が大統領になったものの、日本の現政権に対して、
    脅しにしか聞こえないような圧力を掛けて来ています。
    屈服しない、主権はその国の国民のものなのだと、
    ヴィクトル・ハラは歌っているんじゃないかな。




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    victor jara ①

    前回のthe clashの続きです。

    パンクを聴く前から、好きだったのが民族音楽なんです。
    ラジオで民族音楽を配信してたのを毎週のように聴いてて、
    当時ラジカセしか無かったので、カセットに録音してました。

    ラテン音楽やフォルクローレ、タンゴなんかも大好きでよく聴きました。
    日本の民謡なんかも、世界から見れば民族音楽に入るんじゃないかな?
    民謡も大好きで、今は毎週土曜のNHKのラジオで昼飯を食いながら聴いてる。


    民族音楽ってのは、あたしの考えだと
    ”そこに生きる人の生活の歌”だと思ってるんです。

    だから普遍的だし、”願い””祈り”が込められてるんじゃないか。


    the clashのアルバム『サンディニスタ』
    sandinista.jpg

    サンディニスタsandinistaとは、
    ニカラグアの愛国者サンディーノ(sandino)
    sandino.jpg
    から、名前を取った、
    サンディーノ主義者という意味で(ウィキに詳しく載ってます^^)、
    サンディニスタ民族解放戦線のことを言います。


    ニカラグア革命とサンディーノは直接は関係ありません。
    そのずっと前にサンディーノは暗殺されています。

    なんでも、サンディニスタは、共産主義、マルクス・レーニン主義だから
    サンディーノまで一緒のようにされては困るという意見もあるそうです。

    しかし、サンディニスモからすれば、偉大な英雄なのです。




    ・・・あ~~、頭使って、疲れたぁ。




    疲れちゃったし、本題から離れちゃったので、
    このへんでお開きだす。^-^b



    つづく。

    ☆the clash☆

    clash_1977.jpg


    THE CLASHとの出会いは、二十歳くらい。

    アパートの近所にあった、貸しビデオ屋で
    『Rude Boy』っていうビデオを何気なく借りたのがきっかけです。

    映画なのかバンドのドキュメントなのか、どっちにも入らないような内容でした。

    おお、これがPUNKなのか!!!と、衝撃を受けた。
    その後、パンクにのめり込み、sexpistolsも聴くようになった。


    まあ、月日は流れ、
    20代後半、あたしはアルコール依存になっていて、
    朝からコンビニに行っては、酒を買い、夕方まで何度も買いに行き、
    毎日、泣いたり叫んだり、自暴自棄な生活をしていました。

    そんな頃、clashのジョー・ストラマーが来日するっと聞き、
    仲良しだったN君と従妹の3人でライヴに行くことになったんです。

    その頃は、2週間に1度は
    電車で病院に通院してたので、一人でも何とか電車に乗ることが出来てました。

    んで、ついについに、最愛のジョー・ストラマーに会えた!!!

    このツアーは、日本のファンへのサービスということで
    殆ど全曲が、clashの曲でした!!

    もう、全部みんな一緒にpogoしながら歌いまくった!!!

    革ジャン着てったあたしは、汗ビッショリになったし、
    色物のジャンバーを着てた従妹は、素肌に色移りしちゃうほど、
    熱気で凄かったんだ。

    「rudie can't fail」のイントロが流れた時は、
    生きてて良かったあ・゚・(ノД`)・゚・と感激!!





    ライヴが終わって、感動に浸っていたら・・・
    在日米軍の兵士、2・3人が、何やらこちらに向かって話しかけて来ました。
    「+*@##?」
    N君が着ている、漢字がいっぱい書いてあるシャツは何処で買った?
    と、訊いてるらしい。
    N君「渋谷、し・ぶ・や!」と答えてたんだけど、
    あたしは何故かムカついて
    「日本語で訊けよ!」と言ってしまった。
    だって~、その米兵にライヴ中、背後から頭に手を乗っけられてたんだもん!
    重いのなんのって!!
    日本人を舐めるなってんだよ~。




    その翌年、またジョー・ストラマー来日の知らせがありました。

    けど、ライヴ数日前にあたしは入院してしまい、
    退院はしたけれど、まともに歩ける状態じゃなくて、
    本気で残念だったけど、ライヴを諦めたんです。

    その数年後、ジョー・ストラマーが心臓発作で亡くなったと
    N君からメールが来ました。


    clashから教わったことは、たっくさんあります。
    自分の知らなかった世界を教えてくれたし、

    そして何よりも
    チリの英雄、

    victor-jara2.jpg

    victor jara(ヴィクトル ハラ)を教えてくれた。

    ・・・・つづく。ヾ(゚ω゚)ノ゛




    放送禁止のおじさん♪

    清志郎が亡くなりましたね。。

    実はオイラ、そんなに清志郎は聴きまくってません。

    思い出といえば、中学3年の時に国語の時間で詩を書きなさいと言われて、

    ただ1行だけ記憶していた清志郎の詩をパクったこと♪

    『ぼくの理解者は死んでしまった』という感じで・・・。

    たまたま何かで読んで、そこだけ覚えてたんですね。

    卒業アルバムに載せるものがないってことで(ガッコ行ってなかったからね)

    仕方なくその詩を載せたんだって。



    で、ずっと経ってから、ジョニー・サンダース1236873787.gifが亡くなったと時に

    彼と清志郎が親友だったと友人が教えてくれたんです。

    ジョニー・サンダースの墓に、口紅で『I LOVE YOU』と書いたとか。。

    そんときのあたしは 「人のお墓に口紅で書くなんて失礼だよ!」なんて怒ったっけ。。

    あたしの頭は何て固いのでしょうか・・・ヽ(;´Д`)ノ

    友人は「え~~~?!格好良いじゃん!!愛っすよ!!愛!!」って猛抗議。。

    今思えば清志郎らしいんだね。。


    1年ほど前から、オイラの物真似レパートリーに清志郎が加わってたのです。

    いつかカラオケで思いっきり歌ってみたいな☆






    愛するジョン・エントウィッスル

    今日は1日中、100曲くらい音楽ダウンロードしてます!(勿論フリーソフトだよ)

    何故かは(* ̄  ̄)b{ ひ・み・つ♪

    んで・・・・

    深夜に入ってから我が最愛なるTHE WHOのダウンロード開始!!

    もう止まらない~~~~~ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿

    そして、、、出会ってしまいました。。。

    フーのB、ジョン・エントウィッスルのトリビュート。。。

    4分くらいの短い作品なんだけろ、、、

    あちし・・・・・

    あちしぃ・・・・・・・・

    -----------------^( ToT)^泣きそう。。

    一人で泣くのイヤだから皆さんにもご覧いただいきたいの!!!

    こちらです(T0T)↓

    http://www.youtube.com/watch?v=w7XSVTTq1fE






    (´;ェ;`)ウゥ・・・

    どうでしたか・・・?

    挿入歌のWhen I Was a boy・・・!!!(aは入るっけ?Σ(・ε・;)

    あちしがジョンの曲の中で1番好きな曲だったよぅ(T^T)

    ・・・・・・・・・・?

    え?フーのファンじゃないから何とも思わなかったですと?!

    ってか観なかったですと?!

    そうですね( 。-x-)-x-)-x-)・・・・

    でもね?!

    あちしはジョン・エントウィッスルがむちゃくちゃ好きなんすよ!!!

    目立とう精神がフーの中では1番ナッシンで超マイペースっぽいのさ♪

    ベースも最高にイイ! 曲もべらぼうにイイ! 人間もイイ!

    なのに、、、なんで!!!!

    麻薬系で亡くなったらしいです。。。(事実は分かんないけど)

    Drのキース・ムーンは36歳の若さでアルコール中毒で亡くなってます。。

    もうメンバー2人になっちゃった。。おじいさんだし。。(ゴメン!)

    人間は良いのにジョンもヤクやってるしフーの頭脳ピートも年をとってから問題を起こしてるけろ(;´Д`)

    あぁあ、、、、

    人って何で死んじゃうのかな・・・・。

    クラッシュのジョー・ストラマーも50歳の若さで亡くなっちゃって。。

    未だに立ち直れません。。。。



    さて、、、、

    家に残ってた頓服飲んでいい加減に寝ないと!!!!

    こっちに帰ってから益々だらしなくなっちゃった○Oo。―y( ̄∇ ̄;)

    THE KINKS

    IBMのCMでキンクスの曲がかかってますヽ(*δ∇δ)ノヤッホーイ♪

    キンクスとは、もう長いお付き合いで御座います<(_ _)>

    日本ではTHE WHOに続いてファンが少ないですが。。。

    あたしはこのキンクスの世の中を皮肉っぽく見る感覚が大好きで・・・

    そしてVoのレイ・ディヴィスの気だるいような、やる気のないような

    それでいて、めちゃくちゃぶっ飛ばしてる歌い方がたまんないんでやんす!

    オニイと車でホームセンターに行くとき、キンクスの曲を聴くのが1番の幸せです♪

    あ、CMで歌ってるのは弟のディヴです♪

    ただ嬉しかったので更新しちゃいました(●´ω`●)ゞエヘヘ

    バンドを評論するのは嫌いなので感想しか書いてませんが。。。。


    追伸
    お母さん、洋服ありがとう~~~~~~~~!!!!!

    プロフィール

    みぃ

    Author:みぃ
    ~またプロフィール更新しました~

    境界性人格障害・レイプによるPTSDの患者でした。


    08年、社会復帰したので、本格的にレイプと闘う気持ちになりました。
    レイプ被害の現実などを、自分の一例としてたまに書いてます。
    何か私にお話がありましたら↓(メルアド変わりました)
    chibinet77(☆)yahoo.co.jp (☆)を@に変えてメールください。

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