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    8週齢規制・・・お母さんと離さないで

    12月7日追記*
    なんと!『ジュルのしっぽ』のhana*さんが、終了した筈のブログにて、
    12月12日締め切り(18時15分必着)のパブコメ意見書を公開して下さいました。
    hana*さんと同意見であれば、そのままコピーして提出しても構わないそうです。
    時間がないので、熟読しても30分。そのあと即提出すれば間に合います。
    今回も本当に本当に、ありがとうございます!
    ブログ記事には、その他、8週齢規制に関する解説や、前回のパブコメ結果の解説も。
    また、アメージング・グレイスの歌と虐げられてきたどうぶつについての記述には、泣いてしまいました。
    ジュルちゃん、hana*さん、また私たちにいろいろ教えてくれて有難うございます。





    文字色11月26日追記;
    バナー製作者である
    【そうにゃんだ】さんより『第1部・動物愛護法交流集会@大阪(THEペット法塾主催 2012年11月18日)
    更新記事をリンクさせて頂きます。

    8月に愛護法で改正された内容についての解説記事
    『動物愛護法改正案が発表されました』
    で、分かりやすく書いて下さっています。
    私もまだ完全に把握していない状態なので、勉強しなくては。





    8syu_a_main_L3.jpg



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    このバナーを製作されたのは
    ブログ『そうなんだ!』【大拡散!!】8週齢規制みんなで一つになろうキャンペーン!中の、にゃんとらさんです。



    ジュルのしっぽのhana*さんが発信している8週齢規制を実現させるために、
    8週齢未満の仔猫・仔犬をおかあさんから離して、販売してはいけないんだよ!ということを
    みんなの常識にしちゃいましょう♪

    詳しく知りたいかたは、ジュルのしっぽへレッツゴー☆彡
    (ちなみに今、hana*さんが動き出しているのは、前回の動物愛護法改正のパブコメにも盛り込まれた『動物実験』についてのメール・アクションです。


    *このバナーは、常時トップに来るよう設定しています*
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    急に思い出したんだけど(フラッシュバックにご注意ください)

    よく、ドラマや映画とかで性暴力被害者が、
    事件の直後、或いは何かのきっかけで、
    取り乱して泣き叫ぶようなシーンを観ることがあると思うんですけど、
    ずっと、なんか違和感を感じていました。

    こんなふうに感情が爆発するのかなぁ?
    とか。

    パニック状態になっているのを表現するために、観ている人に伝わりやすいのは分かるんだけど。
    自分以外の人がどうなのか、さっぱり判らないので、
    私に限ったことなのかも知れませんが。


    私の場合、感情が爆発するほどパニック状態になったのは、
    思い出す限り2回ありました。

    強姦と直接的ではない場面でした。
    初めての発作は、24歳頃だと思います。
    事件から3年後です。

    その頃、非常に不安定になっていて、初めて継母に電話で悪たれを言いました。
    私がボロアパートに住み、こんな生活になっているのに、
    父たちの家にはクーラーもあり、貧乏もしていない。
    そういう気持ちで嫌味を言いました。
    けっこう、しつこく。

    その翌日だったかに、父から夜、私のせいで継母に責められていると電話がきて、
    「お前を取るか、継母を取るかって言われた。お前のせいでお父さんの人生めちゃくちゃだ」と怒鳴られた瞬間、
    私は「全部わたしがいけないんだー!あああああああ!」と叫んで、窓から飛び降りようとしました。
    すぐそばに兄がいたので、私の体を押さえて事なきを得ました。
    といっても、アパートの2階なので、飛び降りても大したことないと思いますが。

    それが最初の発作でした。

    事件から半年後に、父から「首くくって死んじまえ」と言われたことや、
    両親の離婚も私のせいだと言われて来たことが根底にあったせいだと思います。

    2回目は、私が27歳か28歳頃だと思います。
    昼間アパートに1人でいるとき、突然、刑事が来ました。
    トントンとノックがあり、ドアを閉めたまま「どなたですか?」と訊くと、
    「警察のものです」と言いました。
    その瞬間に、なぜか急に発作のようなパニックが起こりました。
    体が震えてきて「キャー!キャー!」とか「怖い!怖い!」と叫びました。
    外にいる刑事さんのほうが慌ててしまったようで、
    「警察手帳を見せますから、この窓開けてください。大丈夫ですか?」と言うんだけど、
    それが余計に怖くなって、怖い怖いとなりました。
    数分ぐらいの話ですが、少し治まってきたので、玄関のドアの横にある小さい窓を少し開けると、本当に警察手帳を見せてくれ、
    「本当でしょう?ちょっとお聞きしたいことがあるんです」と、家に来た理由を説明されました。
    内容は、このアパートに不審な人が住んでいないかということで、私には全く関係ない話でした。

    このように、私に限った場合ですが、
    映画のようなフラッシュバックで泣き叫ぶというのは皆無です。
    もしかしたらそういう人も居るんだろうけど。

    私の場合は、事件と直接結びつくようなことでも、
    映画のようなパニックにはならず、ただただ、無表情だったり寝込んでいるだけだったり。

    無料弁護士相談の時に、やり取りで怒りが込み上げて声を荒げたり、
    病院で院長に怒りをぶつけたりはしましたけどね。

    以前、監督がリアルを追及したというレイプを扱った映画があって、
    結局それを私は観なかったんだけど、やっぱりドラマ的な泣き叫ぶシーンを予告編で観て、
    なんだか興ざめしちゃったんですよね。
    さっきも書きましたが、実際にそうなる人も居るかも知れないとは思うんですけどね。

    おしどりマコさんを応援!

    2011年3月11日から今年で7年経ちました。

    ここ最近では、浪江町市長選挙に「希望の牧場」の吉沢さんが立候補し、惜しくも落選してしまいましたが、
    原発事故以来、町のどこかでひっそりと息をしている脱被曝の1人として、
    おしどりマコさん(ケンパルさんもね!)を心から応援したい!

    11年から各地を取材し、綿密なデータを取り、東電会見に一番通い詰めている人ですからね。
    おしどりマコリーヌさん
    マコさんに対する誹謗中傷、ほんと止めて欲しいね!
    「趣味程度の取材」とか言ってるジャーナリスト、恥ずかしいね。マウンティングだよねー。
    マコさんは福島に何度も何度も、今でも行ってて、自主避難した人たちと繋がってて、
    私も含めた孤独な闘いをしてきた人と同じ気持ちを共有しているんですよ。


    だってさ、原発事故以来、手探りでどんだけ情報収集したと思ってんの!
    ネットがあって良かったー。ほんと。ネット様様!
    周りに誰も居ないんだよ。放射性物質を怖がる人が!
    どして?どしてなの?唯一の被爆国だってのに。。。
    なんのためにはだしのゲンを読んだの?

    ま、そんなことを今でも思います。

    振り返るとですね・・・・。

    本当に放射性物質のことなんか何にも知らないし、
    シーベルトもベクレルも聞いたことなかったし意味が分かりませんよ!
    台風のヘクトパスカルぐらいしか聞いたことなかったよ。
    今でも私の知識なんて大したことなくて、難しい話はチンプンカンプンですけど、
    それでも最低限、今日食べるアレは?水は?あの日食べたアレは大丈夫なの?って
    そりゃもう必死でした。

    3月、東京の水にヨウ素が含まれているから、乳幼児のいるお宅にペットボトルの水が配られました。
    (この事実だけでも、風評じゃないじゃんね)
    とりあえず、我が家はニャンコにはスープパウチを主に水代わりにあげていました。
    私たちは水道水を飲んでいました。
    これが所謂、初期被曝なんですよ。なんの防護も出来なかった。
    (福島の人たちは、この状況下で避難所にいたり水を求めて並んでいたりしていたのです)

    被曝を回避するために、とりあえず出来ることから始めたよ。
    玄関に靴は入れない。外で履き替える。だって、玄関にニャンコがゴロンしますからね。
    家の中に極力、放射性物質を入れない努力をしました。当然今も継続中。
    洗濯物も外には干さない。床は掃除機ではなく雑巾で拭く。
    所謂、危険厨ですよ。
    この情報は、今や極右として有名な武田邦彦さんのサイトから得たんですから、
    時代は移り変わるもんですねえ。
    因みに、当時、武田さんは庭の除草や壁の除染を親がやりなさい、って提言してましたね。
    それを真に受けたお母さん方が高圧洗浄機などで除染して内部被曝しちゃったんじゃないかって話もありました。
    私はそれはヤバいんじゃないかと思っていましたけど、庭の除草はやっちゃいました。
    今から考えると、やらなきゃ良かったかもですね。。。
    まあ、造園の仕事で被曝しましたが。

    話戻り。。。
    兄にも協力してもらわねばならず、日夜、説得したり説明したりしました。
    でも、長いこと理解されませんでした。
    頭おかしいとまで言われました。父にもね。
    味方が居なくて、泣きました。
    危険を回避したいだけなのに、何故、頭がおかしいと言うのだろう。
    何故、私が悪いのだろうって、本当に孤独な闘いでした。

    でもね、その内、兄の同業者さんで毎日鼻血がドバドバ出るんだって本人から聞いたり、
    私もですが父にも低線量被曝と思われるような皮膚の痒み(湿疹みたいなの)なんか出だした12年以降、
    徐々に徐々に「やっぱり気をつけたほうが良いのかも?」って思ってくれるようになったんです。
    父は気にはしてるけど、もう年だから、という諦めムードですが。

    兄も今では産地を確認してから買い物するようになったし(たまに見ないで買っちゃうけど)、
    水を買うことにも「当たり前」という感覚になったようです。

    精神的に一番辛かったのは、やっぱり11年から12年だったかなあぁ。
    ほんとに1人で情報を集めて、確認して、実践することが文字通り手探り状態でした。
    少しでも安全な食材を買うためには、どこで買うのか、からですからね。
    地元のスーパーじゃ関東のものしか売ってない。
    ネットで検索するうちに、楽天にいくつも西日本のお店があることを知ったわけです。
    お米、野菜、お水、身に着ける下着や衣類、布団類。
    にゃんこのお砂、ご飯、ベッドもね。
    ありとあらゆる物を西のお店から買うようになったのです。

    7年経って、今現在も危険厨です。
    それでも緩くなってしまったなぁと思うときもあります。
    外食などでは、被曝覚悟で食べることもあります。法事やお葬式なんかは選べないですからね。
    子宮筋腫の手術で入院したときも、東京の病院だったので被曝覚悟で病院食を食べました。
    でも、買い物の仕方は変わっていません。西のお店から買っています。

    こういう、これからも続く長い闘いの中で共有したものって、
    並大抵じゃないんですよ。
    超少数派なのは、そんなのは始めっからそうだったし、これからもそうかも知んない。

    事故当時の政権だった民主党。
    そして立憲からの立候補予定というのは、正直本当にビックリしたけど、
    立憲が原発事故を今後どう捉えていくつもりなのか、マコさんを比例で出すのは何故か。
    それはとても勇気がいることだと思ったので、その辺の覚悟みたいなものも見てみたいのです。
    だから、マコさんをどうしても通したい!








    ミサンドリーが悪いかよ!①

    先ず、私の過去記事の中で、フェミニズムに関して無知な発言をしてきたことに
    今更ながら気付いた。
    え?今?遅すぎだろう、と自分でも思うけど。

    私が子どもの頃から感じていた違和感と怒りこそ、
    フェミニズムそのものであったのだと、ここ数ヶ月で思い知った。

    それまでは、まるで男性の性被害者が居ないかのようなこの社会が嫌でたまらず
    (公的機関や相談窓口などが女性専用になっていること等)、
    自分も社会から葬られた経験から、男性被害者を葬ることは許せなかった。
    正直、フェミニズムは男性被害者を葬っているんじゃないか、と思っていた。

    でも、やっと私は理解した。

    男性被害者を葬っているのは男社会であって、フェミニズムではないこと。
    いつまでもいつまでも男社会の加害性に目を逸らし続けているのは男だということ。
    男性被害者の存在を口にするのは、女性専用車両など女を叩くときであり、
    自分たちの加害性から話を逸らすとき。
    そういう時だけ男性被害者を利用する。

    そういう場面を色々見てくると、この鈍い私でも、
    フェミニズムが長い間虐げられてきた理由とか気付いちゃう。

    やっぱね、フェミニズム・フェミニストをまるで化け物のように見せてきた男社会ね。
    これ刷り込みね。
    テレビでも日常でも文学でも映画でもドラマでも、
    フェミニストを片っ端から潰してきた男たち。

    私のように女性という属性ですら、フェミニズムへの偏見があり、
    同じ方向を向いていたにも関わらず、フェミニズムと接点を持ちたくないかのように思わせる。
    まんまと男たちの罠にかかってた訳です。
    自分でも呆れるけど、一体いつの時代だと。

    ちょっと話が逸れるけど、昔むかし、外国で魔女狩りがありました。
    魔女だと言われた女性の一例。
    夫に意見しただけで、ちょっと反発しただけで魔女だと言われたって。
    これ聞いて、私はこの時代から変わってないんだなぁと思ってしまった。
    つくづく男が嫌になったよ。

    そういうことで私はミサンドリーになりました。
    このフェミニズムとミサンドリーについて、今後も書いていこうと思います。
    頭使うので、少しづつ書きます。














    強姦罪の改正に違和感というより反対してます

    ここ最近、この「強姦罪」改正について考えると
    気分がめちゃ落ち込むんですよ。。
    こんなこと言うの、私一人ボッチなのかも知れないけどね。

    いくつかの被害者支援団体とかが改正を強く求めてるんだけど、私からすると本当に改正しちゃっていいの?と疑問に思えてならないのだ。
    勿論、被害者の性差がなくなることは当然のことなので、そこに異論があるわけない。
    しかし、この改正によって、この国から「強姦罪」が消えてなくなることが耐え難いんですよ。

    だって、改正後は「強姦罪」から「強制性交等罪」っていう、めちゃくちゃな名前に変更されるんです。
    強制性交等罪。嫌悪感しかありません。
    一旦、この改正が通っちゃったら、強姦罪というものは消滅します。

    この名前については、被害者支援団体側からも批判も出ているようです。
    それなのに改正へ向けて積極的に働きかけているのは、どうしても違和感を感じざるを得ない。
    刑法の内容と改名がセットになっている現状で、何故そこまで改正を肯定できるのかが
    私には理解しがたい。
    110年以上も改正されたことがない「強姦罪」だというが、
    現実の法廷で行われている裁判は、まさに110年以上も前の質です。
    改正されようとしている今この時ですら、千葉大の集団強姦では
    「重大とは言い難い」という理由で、執行猶予になっている。

    現実の法廷に、その気がないのは分かりきったことであり、
    いくら罪名が変わろうが、改正されようが、法の番人たちの意識がこのままでは、
    正しく性犯罪を罰することは、改正されたとしても出来ないでしょう。
    早急に取り組むべき重要課題は、法の番人たちの意識を正すことだと思うのです。

    何年か前に、難病に関わる法律が改正されるという事案がありました。
    その時、議員になりたてだった山本太郎さんは、確か、棄権か反対だった記憶があります。
    それは、ある難病患者さんからの訴えで、これを改正されたら、
    今まで難病支援の対象だった人の中に、対象じゃなくなる人たちが出てしまうと言われたからです。

    改正とは名ばかりで、中身は改悪、なんてことは日常茶飯事。

    だから、私には、この強姦罪の改正は反対の立場です。
    機は熟していないのです。
    強姦罪という罪名が消えてなくなる社会というものを、想像したほうがいい。
    支援団体も、それに変わる罪名に批判的ならば、尚更、いま改正を急ぐ必要はないと、立ち止まってほしいね。

    一度消えたら、またいつ改正のチャンスがくるか分からないから?
    いやいや、そうやって何でも「今しかない!」って焦るから、ダメだったんじゃないの?
    一旦、議論の場に出ただけでも、一歩前進したんだ、って思えないのかな?
    今回は罪名がめちゃくちゃだから、次回はもっと現実に見合った罪名を議論していけばいいじゃないの。

    それこそ、一度「強姦」というものが、この国から消えて、
    ヘンチコリンな罪名のまま、未来永劫続くほうが悪夢すぎる。

    支援団体は、なにをそんなに焦っているの?
    現実の判決が未だにメチャクチャなのに。
    法案だけは、とにかく通せ!って突っ走るのは、去年の参議院選から都知事選までの
    「とにかく野党は共闘!」「とにかく勝てる候補じゃなきゃダメ!」
    っていうのと同じ気持ち悪さを感じるんですよねえ。

    日弁連が、私とは間逆の意味でこの改正案に大反対!してて、
    その内容がまた香ばしいくらい加害者側に寄り添ってるっていう現実も大問題なんだから、
    それを社会に周知して、暴露して、もっと議論を成熟させないといけないよ。
    そこの部分も平行して、みんなで考え直さないと、いつまで経っても 裁判に反映されないよ。

    支援団体に訊きたいね。
    改正の目的はなに?裁判に反映させることじゃないの?
    法の番人の意識を正すことじゃないの?
    「法律」の改正なのだから。
    一番、概念を変えさせないといけないのは法の番人にでしょ?
    罪名を変えることじゃないでしょ。
    集団強姦しても「重大なこととは思わない」ような裁判官が牛耳ってるところでは、
    罪名なんか変えちゃったら、元も子もないことぐらい予想つかないか?


    更に言うと、改正を肯定する人たちの言うことに、根本的な勘違いがある。

    「性交と性暴力を分けるのは両者の同意の有無です」

    被害者支援の人らが、こんな見識なのかと、私はため息が出てしまう。
    同意の有無に焦点を当てすぎると、セックスの問題になってしまうって事が分からないのだろうか?
    有無とは、つまり、加害者はセックスした、と言い、被害者はセックスに同意したか否か、になってしまう。
    結局は性暴力=性行為、だと言ってるようなものなの。

    今まで散々、同意の有無によって裁判が行われ、被害者がセカンドレイプされています。
    それを更に「強制性交」にされちゃったら、加害者側の言い分、
    (性行為をしました)の前提の上の話になってしまうんだよ。
    逃げなかった拒否しなかった、ってのも、全て同意の有無から派生してるんですよ。

    もっと言えば、これじゃあ被害者が自ら、
    「同意の有無で、これからも判断してください」と宣言しちゃってるようなものなの。

    同意とは何なのかとか、大学などでワークショップを開催したりしてるみたいだけど、
    それ自体は悪いことじゃないし、良いと思います。
    相手を尊重しましょう、意思を尊重しましょうっていうのは、コミュニケーションの話です。
    でも、これは法律の話です。

    「性交と性暴力を分けるのは、同意の有無である」
    これは、まんま今の現実の裁判で行われているキモの部分ですね。

    性交と性暴力は、元々からして全く別のものという認識すらない人らが、
    この改正案を、100%賛同じゃないけど、何が何でも通さなくちゃならない!と言ってる訳です。
    待って!そんなに焦らないで、もう一度立ち止まって深呼吸しよう、って言いたいね。

    ずっと前に、ここで書いた『暴力をリアルに想像する』から引用します。


    <暴力という字に「性」という字がくっつくと、
    途端に暴力の本質が霞んでしまうみたいです。

    道をただ、とことこ歩いて来た人に、いきなり一方的に誰かが暴力を振るっているとします。
    蹴ったり殴ったり首を絞めたりしています。

    そのとき、一方的に暴力を受けている人に向かって、
    「あぁ、あんなことされてるけど、仕方ないよね」とか
    「この道を歩いてしまったから自業自得」というでしょうか。>

    言いたいのは、これなんですよ。
    引用の文では、被害者が責められることを言っているんですけど、
    性行為と性暴力を混同してる人たちは、性暴力という根本の部分が見誤ってる気がしてならないのです。
    加害者側の言い分に乗っかってしまっている。

    「強制性交等罪」という名称に、少なからず違和感を覚えながらも、
    この法案を通してしまいたい支援者の人たちは、性暴力を同意の有無だとしているからなんだろう。
    私は、それは違うと思うから、違和感どころか、こんな名称にされちゃたまんない。

    内容の一部について問題があるから、とか、今後も内容をより良いものにして行こう、なら、
    私はここまで反対しません。
    内容に関してなら、再び改正できるから。
    しかし、罪名は一度決まると、なかなか覆らないような気がしています。
    国会では沢山の法案が出て来ますが、仮に一度流れた法案は、再度、名前を変えて再び審議に上ることなんて多々あるのです。

    だから、罪名が現実に即していない・批判が多いのだから、
    敢えて急いで通す必要もなくて、再び名前をなるべく適正なものに近づけてからでも遅くはないのです。

    何が何でも通すために、
    ここは目を瞑って・・・なんて到底出来ないですね。
    性暴力の根幹に関わる問題なので。


    性犯罪は被害者が作り出すという掟

    <フラッシュバック、大いにご注意ください>


    2012年の記事時事ドットコム:強姦致傷、異例の猶予判決=裁判員は全員女性

    何故だか、最近のヤフー知恵袋に勝手にリンクされてたので、改めて読み返したんですけど。。

    なんかね、裁判員が全員女性だから、どうのこうのってことより、
    判決を出すのは、裁判官な訳だし、判決文を作るのも裁判官ですよね?多分。
    とっても短い報道内容なので、判決文の全文は読めないわけだけど、
    これって、どのくらい裁判員の人たちの意見とかが反映されたのでしょうか。

    裁判員になったら、守秘義務があるから、絶対に他言しちゃいけないわけでしょ?
    自分がどんな意見を言ったのかも、誰にも言っちゃいけないんでしょ?

    判決文のなかで、どの位の割合で裁判員の意見が入ってるのかも全く知らされない。
    もしかしたら、裁判官の意見しか反映されていない可能性だってあるかも知れない。

    なんか闇だよね。
    こんな制度、意味わかんない。

    これだけでも、私には不可解だし、判決文のメチャクチャさと来たら、
    もう、改めて同じこと何度も言うの嫌になるんですけど。。

    でも、どうしても許せない。

    引用ここから_________

    判決は、被害女性のけがが軽いことや、部屋代をおごると誘われた女性が被告の個室に入り、抱きつかれても強く抵抗しなかったことなどから被告が犯行に及んだと指摘。「侵入強姦や路上強姦と比較し、悪質とは言えない」とした。

    引用終わり__________


    はっきり言っちゃってますよね?重大なことを。
    被害者が強く抵抗しなかったので、被告は犯罪を犯しましたと。

    つまり、被害者が強く抵抗しなかったので、被告は性犯罪を犯してしまいました。
    被告が性犯罪を犯したのは、被害者のせいなので、罪を軽くしてあげましょう!
    執行猶予をつけてあげましょう!

    ってことだよね。

    傷も大したことなかったんでしょ?自らカラオケルームに行ったんでしょ?
    死ぬ気で抵抗しなかったんでしょ?
    じゃあ、加害者だけを悪者にしちゃいけないよね?そうでしょ?
    被害者が死ぬ気で抵抗してたなら、彼は犯罪を犯さなくて済んだのに!!

    だから、被害者には加害者以上の罰を与えましょう。
    被害者の名誉も尊厳も、ズタズタに引き裂いてやりましょう!
    恥をかかせてあげましょう!みんなで断罪しましょう!糾弾しましょう!
    孤立させましょう!悲しませましょう!

    被害者をうまない世の中にするためには、
    被害者を徹底的に陥れましょう!
    性犯罪は被害者が作るのです!

    防犯を怠るような女性は、自己責任です!
    死ぬ気で、否、死んで抵抗できないなら、強姦を訴える資格すらありません!
    そのために、罪も無い加害者が不利益を被るのです!許せません!


    いっそ、こういう防犯ポスター作ってみろや!ああ?





    今にして院長との関係を考える・・・

    (フラッシュバックにご注意ください)





    ここ最近、院長のことをふと思い出したりしていた。
    長いことお世話になったのに、急に行かなくなって、挨拶もしていない。
    病院も新しくなったことを知った。

    思い出すとき、もちろん感謝の気持ちがあります。
    いろいろ面倒掛けたし、病院で暴れたこともあったし、
    受付の人のコソコソ話やひそひそ笑い声のことで文句言ったりしてた。

    HPを見ると、新しい病院では患者と受付の目線が絡まないように、
    椅子の配置を工夫していることが強調されていました。
    あたしが訴えた時は、こっちの言い分のほうがおかしいみたいな対応だったけど。

    で、なんで私はあんなに十何年も通院してたのに一向に回復しなかったのか、考えた。

    私が回復したきっかけは、このブログで友達が出来たこと。
    会ったこともない人たちが、私のことを本当に心配してくれたり応援してくれた。

    もちろん、院長が居なかったら、本当に兄と私だけの世界で、
    更に孤立無援だっただろう。
    たとえ、病院という場所でも、うちら2人と日常的に関わりがある唯一のものだったから。

    たまに思い出して、院長を懐かしんだりしてたけど、
    素朴な疑問として、わたしは何故、何十年も通院していたんだろう。
    薬漬けの生活と悪化していく症状。

    通院のきっかけというか原因は、強姦だったわけだし、
    その過程で家族関係の問題も明らかになってきて、院長は家族関係に的を絞ったと言っていい。

    カウンセリングも2人の先生とやったけど、一人は暴露療法をやる直前で終了。
    二人目は、なにも出来ないまま終了(挨拶でおしまい)。
    院長も、事件のことに殆ど触れず、というか、全く触れず。

    あたしが通院を辞めて、社会復帰した頃から自分で考えるようになった。

    そして、ここ数日で気付いたんだけど、
    院長は、強姦被害者の回復について、ほとんど知識がなかったのだろう、と。

    少なからず、文献的なもの、海外などの論文だの本もあっただろう。
    でもまあ、今より確実に情報は入ってこない時代だったし、専門的な知識はなかったと思う。


    レイプ神話という言葉がいつからあったのか判らないけど、
    それすら知っていたのか定かではない。
    というのは、レイプ神話を知っているなら、
    「被害者には何の落ち度もなく、被害者を責めることは大きな間違い」という根っこの部分も知ることになるからだ。

    実際、私が救われたのは、レイプ神話というものを知ってからだ。
    私のせいではなかったのか!と、事件後20年近く経って、初めて知ったのだ。

    院長と十何年も一緒に過ごしていながら、
    ひと言も「あなたが悪いのではない。自分を責めてはいけない」という、
    今では当たり前の言葉すら、一度もかけて貰ったことはない。

    院長自身が(レイプ神話は別としても)、
    その言葉のもつ重要性に気付いていなかったのだろう。
    もちろん、院長が私を咎めることは一度もなかったんですが。

    もし、私が院長にそういった言葉をかけてもらっていたならば、
    もっと回復の助けになっていたかも知れないと思う。
    被害者にとって、その言葉はとても重要なのだ。

    著しく自尊心を破壊された者にとって、自尊心を回復させるということは、
    強姦被害から立ち直る大きなきっかけになる。
    強姦とは、人間としての尊厳を殺傷するものだからだ。

    院長の過去の患者さんで、お二人が自殺された。
    グループ療法というものがあるらしいですね、と私が問いかけた時、院長はそう言った。
    だから私には絶対に勧めない、と。

    いま、ネットでは被害者自身が自分の言葉で語る。

    そして私には、レイプ神話という言葉ですら、もう古臭く感じてしまう。
    それが、世間の意識と同じかというと、全く違うんだけど、
    それくらい、被害者のなかに自発的な言葉が溢れてきているのだ。

    院長の新しいクリニックにも、きっと私のような人が来ているだろう。
    そのとき、過去のような対応では、被害者は、ただ薬漬けになるだけかも知れない。

    院長が、知識不足からわたしのように強姦被害から目を背けさせ、
    問題の核心から遠ざければ遠ざけるほど、
    被害者の回復は見込めないことを、今は知っていると思いたい。

    院長との思い出を、単純に懐かしがるのは違うんじゃないかと思った次第です。


    追記**

    院長が、治療の方針を家族関係に絞ったのには、確かに大きな意味があります。
    母や父との関係や、幼少時からの環境なども強姦被害と絡み合う部分が確かにあったからです。
    だから決して、院長を否定しているわけじゃないのです。

    それと、院長がレイプ神話を知らなかったとしても、仕方ありません。
    時代的制約もありますから。
    院長が何故、強姦事件から遠ざけようとしたのか?
    それも真意は判りませんが、少なくとも目の前の問題(症状)を追うだけで精一杯だったのでしょう。
    また、家族との問題を克服することを優先したほうがいいと判断したのかも知れません。

    ただ、今回どうしても書きたかったのは、
    家族との関係よりもっと大事なことが「あなたのせいじゃない」というメッセージだと思ったのです。
    その上での家族との関係だと。。

    ここまで書いてアレだけど・・・・、
    院長はさじを投げていたんじゃないか、と悲しくなってきた・・・。
    何だか、やっぱりわたし厄介者だったのかな(悲)


    他人とは思えない、お姉さんの彼女へ

    雨宮処凛さんの記事『一億総貧困時代』を読みました。
    是非、全文読んで頂きたいです。

    「生き残ったのが、父じゃなくて私でよかった  利根川一家心中事件・裁判傍聴で明らかになったこと」

    読んでいてフラッシュバックのように自分と重なる状況があって、
    彼女の裁判での「今までの人生、惨めだなと思いました」という言葉が突き刺さりました。

    親の介護という状況は、全然私とは違うけど、
    私も、ある時期、生活保護の申請をしようと、福祉事務所へ相談に行ったこともありました。
    そこでじゃないけど、別の人に「生活保護受けたいなら、一旦ホームレスになるしかない」と言われたこともあります。

    自分で稼ぐことが出来ない状態や、生きることに絶望して、
    惨めな人生だったな、と泣いていた時期もあります。
    あの時、死んでたほうがマシだったと絶望して、何度も自殺を図っていました。

    彼女は実刑になってしまったのですね。。
    とても遣り切れない気持ちになります。

    貧困という部分に於いて、そこだけでも救える道があるなら、
    やっぱり未来は違っていたと思います。
    彼女が置かれた状況と、
    父親が数日後に入院手術が決まっていたのだから、
    少なくとも治療費に関する心配がないように、救える方法はあった筈です。
    一体なんの為の行政なんでしょうね。

    役所というのは、本当なら出来ることがあったとしても、勿体ぶっているのか出し惜しみしているのか、
    こちらから訊かないと、敢えて言わないでおこうとする所があるので、
    そういう知識や交渉をできる人が居ないと、こういった対応をされてしまうのでしょう。

    私が何度も自殺を図って緊急入院していた頃、その時の私は意識がないので、後から聞いたのですが、
    父が役所の人に「今度やったら、保険を使えなくします。実費になりますから」と冷たく言われたそうです。
    父が「そんなこといっても、死にたくなる病気なんだから」と返すと、
    「御宅の場合は、頻度が多過ぎるんです」と。。
    確かに最後のほうは、2ヶ月ごとに救急車で運ばれていましたけど、
    社会から拒絶されるって、こういうことなんですね。


    彼女の裁判での話を読んで、勝手に自分と重ねてしまいましたが、
    こんな社会の一人として、申し訳ないような気持ちになりました。
    「私の家族の話をもっとしたいけど」という貴方様の話を、いつか聞かせて欲しいと思いました。









    25年経っても、疎外感は続く

    (フラッシュバックにご注意ください)



    あの日から25年経ちました。

    いまでも続く、フラッシュバックと孤立感。

    性暴力に関することに触れると、心の中が揺れ動いて、なかなかコントロール出来ません。


    被害者の一人として「声を上げる」と、ひと言で言っても、

    本当に独り言のようにボヤく程度にしかならない。

    怒りが込み上げると、言葉もやっぱり荒くなる。

    それを後から反省したり、もっと上手く伝えられないものかと凹んだりする。

    怒りの言葉、これでも抑えているんですけどね。


    基本的に、兄・ここで出会った友達以外の他人を信用していない、期待していない部分がある。

    例えば、正直言って、前回書いた「月光」に関しても、それほどの期待はしていない。

    わたしが今まで観てきた性暴力の映画、

    告発の行方やWhen He's a Not Stranger、 田中裕子さんの「ザ・レイプ」、リップスティックとかですね。

    告発の行方とWhen He's a Not Strangerは、ビデオでずっと繰り返し観ていました。

    私にとって、特にこの2作品が心の支えでした。


    月光も、きっと良い映画なんだろうなぁと思います。

    加害者役の俳優さんも、トークショーで色々と語ってくれたらしいです。

    今まで加害者役のひとが表舞台に出て喋ることって、私は聞いたことなかったので新鮮ですね。

    実際、加害者の心理って深く突き詰めたものは無いように思います。

    まあ、知りたくもないのが本音ですが。

    役者さんは、いろいろ人物の背景なども考えて演じられたそうです。


    私は劇場まで行く気力がないので、こういうこと言っちゃどうなんだろ?とも思うけど、

    加害者役の人が、ステージ上に現れる効果って、心理的にちょっと私はキツイなと思う。

    実際の役者さんは、とてもお洒落で別人みたいだったから、実際に目の前にいても大丈夫そうだけど。


    でも、日本で映画作ると、PRの仕方が、どうしてこうなの?って思っちゃう。

    子役の女優さんでもアイドルの子でもそうだけど、

    日本は、やたらと女の子を取り巻く大人たちが「幼さ」を売りにするんだよなぁ。

    神格化して、有り難がって、一種の飾り物にする。

    この異様さに慣れ切ってしまってて、外国からするとロリコン天国だと思われてる。


    月光も、その手のPRに少なからず加担してしまっていて、

    そういうの見ると、何となく「嗚呼、信用できねえぞ」と警戒してしまう。

    芸能界もしがらみだらけで大変なんだろうけどね。


    で、私はそういう細かいところで警戒してしまう、閉ざしてしまうので、

    こんなこと思うなんて、自分が変だからだ、と、また悩む。

    こんなの誰も気にしてないのに、とか。

    それで勝手に孤立感を噛み締めている、というわけです。




















    プロフィール

    みぃ

    Author:みぃ
    ~またプロフィール更新しました~

    境界性人格障害・レイプによるPTSDの患者でした。


    08年、社会復帰したので、本格的にレイプと闘う気持ちになりました。
    レイプ被害の現実などを、自分の一例としてたまに書いてます。
    何か私にお話がありましたら↓(メルアド変わりました)
    chibinet77(☆)yahoo.co.jp (☆)を@に変えてメールください。

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