8週齢規制・・・お母さんと離さないで

12月7日追記*
なんと!『ジュルのしっぽ』のhana*さんが、終了した筈のブログにて、
12月12日締め切り(18時15分必着)のパブコメ意見書を公開して下さいました。
hana*さんと同意見であれば、そのままコピーして提出しても構わないそうです。
時間がないので、熟読しても30分。そのあと即提出すれば間に合います。
今回も本当に本当に、ありがとうございます!
ブログ記事には、その他、8週齢規制に関する解説や、前回のパブコメ結果の解説も。
また、アメージング・グレイスの歌と虐げられてきたどうぶつについての記述には、泣いてしまいました。
ジュルちゃん、hana*さん、また私たちにいろいろ教えてくれて有難うございます。





文字色11月26日追記;
バナー製作者である
【そうにゃんだ】さんより『第1部・動物愛護法交流集会@大阪(THEペット法塾主催 2012年11月18日)
更新記事をリンクさせて頂きます。

8月に愛護法で改正された内容についての解説記事
『動物愛護法改正案が発表されました』
で、分かりやすく書いて下さっています。
私もまだ完全に把握していない状態なので、勉強しなくては。





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このバナーを製作されたのは
ブログ『そうなんだ!』【大拡散!!】8週齢規制みんなで一つになろうキャンペーン!中の、にゃんとらさんです。



ジュルのしっぽのhana*さんが発信している8週齢規制を実現させるために、
8週齢未満の仔猫・仔犬をおかあさんから離して、販売してはいけないんだよ!ということを
みんなの常識にしちゃいましょう♪

詳しく知りたいかたは、ジュルのしっぽへレッツゴー☆彡
(ちなみに今、hana*さんが動き出しているのは、前回の動物愛護法改正のパブコメにも盛り込まれた『動物実験』についてのメール・アクションです。


*このバナーは、常時トップに来るよう設定しています*

強姦罪の改正に違和感というより反対してます

ここ最近、この「強姦罪」改正について考えると
気分がめちゃ落ち込むんですよ。。
こんなこと言うの、私一人ボッチなのかも知れないけどね。

いくつかの被害者支援団体とかが改正を強く求めてるんだけど、私からすると本当に改正しちゃっていいの?と疑問に思えてならないのだ。
勿論、被害者の性差がなくなることは当然のことなので、そこに異論があるわけない。
しかし、この改正によって、この国から「強姦罪」が消えてなくなることが耐え難いんですよ。

だって、改正後は「強姦罪」から「強制性交等罪」っていう、めちゃくちゃな名前に変更されるんです。
強制性交等罪。嫌悪感しかありません。
一旦、この改正が通っちゃったら、強姦罪というものは消滅します。

この名前については、被害者支援団体側からも批判も出ているようです。
それなのに改正へ向けて積極的に働きかけているのは、どうしても違和感を感じざるを得ない。
刑法の内容と改名がセットになっている現状で、何故そこまで改正を肯定できるのかが
私には理解しがたい。
110年以上も改正されたことがない「強姦罪」だというが、
現実の法廷で行われている裁判は、まさに110年以上も前の質です。
改正されようとしている今この時ですら、千葉大の集団強姦では
「重大とは言い難い」という理由で、執行猶予になっている。

現実の法廷に、その気がないのは分かりきったことであり、
いくら罪名が変わろうが、改正されようが、法の番人たちの意識がこのままでは、
正しく性犯罪を罰することは、改正されたとしても出来ないでしょう。
早急に取り組むべき重要課題は、法の番人たちの意識を正すことだと思うのです。

何年か前に、難病に関わる法律が改正されるという事案がありました。
その時、議員になりたてだった山本太郎さんは、確か、棄権か反対だった記憶があります。
それは、ある難病患者さんからの訴えで、これを改正されたら、
今まで難病支援の対象だった人の中に、対象じゃなくなる人たちが出てしまうと言われたからです。

改正とは名ばかりで、中身は改悪、なんてことは日常茶飯事。

だから、私には、この強姦罪の改正は反対の立場です。
機は熟していないのです。
強姦罪という罪名が消えてなくなる社会というものを、想像したほうがいい。
支援団体も、それに変わる罪名に批判的ならば、尚更、いま改正を急ぐ必要はないと、立ち止まってほしいね。

一度消えたら、またいつ改正のチャンスがくるか分からないから?
いやいや、そうやって何でも「今しかない!」って焦るから、ダメだったんじゃないの?
一旦、議論の場に出ただけでも、一歩前進したんだ、って思えないのかな?
今回は罪名がめちゃくちゃだから、次回はもっと現実に見合った罪名を議論していけばいいじゃないの。

それこそ、一度「強姦」というものが、この国から消えて、
ヘンチコリンな罪名のまま、未来永劫続くほうが悪夢すぎる。

支援団体は、なにをそんなに焦っているの?
現実の判決が未だにメチャクチャなのに。
法案だけは、とにかく通せ!って突っ走るのは、去年の参議院選から都知事選までの
「とにかく野党は共闘!」「とにかく勝てる候補じゃなきゃダメ!」
っていうのと同じ気持ち悪さを感じるんですよねえ。

日弁連が、私とは間逆の意味でこの改正案に大反対!してて、
その内容がまた香ばしいくらい加害者側に寄り添ってるっていう現実も大問題なんだから、
それを社会に周知して、暴露して、もっと議論を成熟させないといけないよ。
そこの部分も平行して、みんなで考え直さないと、いつまで経っても 裁判に反映されないよ。

支援団体に訊きたいね。
改正の目的はなに?裁判に反映させることじゃないの?
法の番人の意識を正すことじゃないの?
「法律」の改正なのだから。
一番、概念を変えさせないといけないのは法の番人にでしょ?
罪名を変えることじゃないでしょ。
集団強姦しても「重大なこととは思わない」ような裁判官が牛耳ってるところでは、
罪名なんか変えちゃったら、元も子もないことぐらい予想つかないか?


更に言うと、改正を肯定する人たちの言うことに、根本的な勘違いがある。

「性交と性暴力を分けるのは両者の同意の有無です」

被害者支援の人らが、こんな見識なのかと、私はため息が出てしまう。
同意の有無に焦点を当てすぎると、セックスの問題になってしまうって事が分からないのだろうか?
有無とは、つまり、加害者はセックスした、と言い、被害者はセックスに同意したか否か、になってしまう。
結局は性暴力=性行為、だと言ってるようなものなの。

今まで散々、同意の有無によって裁判が行われ、被害者がセカンドレイプされています。
それを更に「強制性交」にされちゃったら、加害者側の言い分、
(性行為をしました)の前提の上の話になってしまうんだよ。
逃げなかった拒否しなかった、ってのも、全て同意の有無から派生してるんですよ。

もっと言えば、これじゃあ被害者が自ら、
「同意の有無で、これからも判断してください」と宣言しちゃってるようなものなの。

同意とは何なのかとか、大学などでワークショップを開催したりしてるみたいだけど、
それ自体は悪いことじゃないし、良いと思います。
相手を尊重しましょう、意思を尊重しましょうっていうのは、コミュニケーションの話です。
でも、これは法律の話です。

「性交と性暴力を分けるのは、同意の有無である」
これは、まんま今の現実の裁判で行われているキモの部分ですね。

性交と性暴力は、元々からして全く別のものという認識すらない人らが、
この改正案を、100%賛同じゃないけど、何が何でも通さなくちゃならない!と言ってる訳です。
待って!そんなに焦らないで、もう一度立ち止まって深呼吸しよう、って言いたいね。

ずっと前に、ここで書いた『暴力をリアルに想像する』から引用します。


<暴力という字に「性」という字がくっつくと、
途端に暴力の本質が霞んでしまうみたいです。

道をただ、とことこ歩いて来た人に、いきなり一方的に誰かが暴力を振るっているとします。
蹴ったり殴ったり首を絞めたりしています。

そのとき、一方的に暴力を受けている人に向かって、
「あぁ、あんなことされてるけど、仕方ないよね」とか
「この道を歩いてしまったから自業自得」というでしょうか。>

言いたいのは、これなんですよ。
引用の文では、被害者が責められることを言っているんですけど、
性行為と性暴力を混同してる人たちは、性暴力という根本の部分が見誤ってる気がしてならないのです。
加害者側の言い分に乗っかってしまっている。

「強制性交等罪」という名称に、少なからず違和感を覚えながらも、
この法案を通してしまいたい支援者の人たちは、性暴力を同意の有無だとしているからなんだろう。
私は、それは違うと思うから、違和感どころか、こんな名称にされちゃたまんない。

内容の一部について問題があるから、とか、今後も内容をより良いものにして行こう、なら、
私はここまで反対しません。
内容に関してなら、再び改正できるから。
しかし、罪名は一度決まると、なかなか覆らないような気がしています。
国会では沢山の法案が出て来ますが、仮に一度流れた法案は、再度、名前を変えて再び審議に上ることなんて多々あるのです。

だから、罪名が現実に即していない・批判が多いのだから、
敢えて急いで通す必要もなくて、再び名前をなるべく適正なものに近づけてからでも遅くはないのです。

何が何でも通すために、
ここは目を瞑って・・・なんて到底出来ないですね。
性暴力の根幹に関わる問題なので。


性犯罪は被害者が作り出すという掟

<フラッシュバック、大いにご注意ください>


2012年の記事時事ドットコム:強姦致傷、異例の猶予判決=裁判員は全員女性

何故だか、最近のヤフー知恵袋に勝手にリンクされてたので、改めて読み返したんですけど。。

なんかね、裁判員が全員女性だから、どうのこうのってことより、
判決を出すのは、裁判官な訳だし、判決文を作るのも裁判官ですよね?多分。
とっても短い報道内容なので、判決文の全文は読めないわけだけど、
これって、どのくらい裁判員の人たちの意見とかが反映されたのでしょうか。

裁判員になったら、守秘義務があるから、絶対に他言しちゃいけないわけでしょ?
自分がどんな意見を言ったのかも、誰にも言っちゃいけないんでしょ?

判決文のなかで、どの位の割合で裁判員の意見が入ってるのかも全く知らされない。
もしかしたら、裁判官の意見しか反映されていない可能性だってあるかも知れない。

なんか闇だよね。
こんな制度、意味わかんない。

これだけでも、私には不可解だし、判決文のメチャクチャさと来たら、
もう、改めて同じこと何度も言うの嫌になるんですけど。。

でも、どうしても許せない。

引用ここから_________

判決は、被害女性のけがが軽いことや、部屋代をおごると誘われた女性が被告の個室に入り、抱きつかれても強く抵抗しなかったことなどから被告が犯行に及んだと指摘。「侵入強姦や路上強姦と比較し、悪質とは言えない」とした。

引用終わり__________


はっきり言っちゃってますよね?重大なことを。
被害者が強く抵抗しなかったので、被告は犯罪を犯しましたと。

つまり、被害者が強く抵抗しなかったので、被告は性犯罪を犯してしまいました。
被告が性犯罪を犯したのは、被害者のせいなので、罪を軽くしてあげましょう!
執行猶予をつけてあげましょう!

ってことだよね。

傷も大したことなかったんでしょ?自らカラオケルームに行ったんでしょ?
死ぬ気で抵抗しなかったんでしょ?
じゃあ、加害者だけを悪者にしちゃいけないよね?そうでしょ?
被害者が死ぬ気で抵抗してたなら、彼は犯罪を犯さなくて済んだのに!!

だから、被害者には加害者以上の罰を与えましょう。
被害者の名誉も尊厳も、ズタズタに引き裂いてやりましょう!
恥をかかせてあげましょう!みんなで断罪しましょう!糾弾しましょう!
孤立させましょう!悲しませましょう!

被害者をうまない世の中にするためには、
被害者を徹底的に陥れましょう!
性犯罪は被害者が作るのです!

防犯を怠るような女性は、自己責任です!
死ぬ気で、否、死んで抵抗できないなら、強姦を訴える資格すらありません!
そのために、罪も無い加害者が不利益を被るのです!許せません!


いっそ、こういう防犯ポスター作ってみろや!ああ?





ほんと、いい加減にせいや”怒怒怒!フラッシュバック多いにご注意

激しく憤っているため、文章が書けません。
これを記事にしてくださった、小川たまかさん、ありがとうございます。

胸糞悪くなる可能性大なので、勇気のある方はリンクへどんぞ。。

性犯罪の厳罰化に日弁連が一部反対の意見書 被害者支援57団体が抗議へ

今にして院長との関係を考える・・・

(フラッシュバックにご注意ください)





ここ最近、院長のことをふと思い出したりしていた。
長いことお世話になったのに、急に行かなくなって、挨拶もしていない。
病院も新しくなったことを知った。

思い出すとき、もちろん感謝の気持ちがあります。
いろいろ面倒掛けたし、病院で暴れたこともあったし、
受付の人のコソコソ話やひそひそ笑い声のことで文句言ったりしてた。

HPを見ると、新しい病院では患者と受付の目線が絡まないように、
椅子の配置を工夫していることが強調されていました。
あたしが訴えた時は、こっちの言い分のほうがおかしいみたいな対応だったけど。

で、なんで私はあんなに十何年も通院してたのに一向に回復しなかったのか、考えた。

私が回復したきっかけは、このブログで友達が出来たこと。
会ったこともない人たちが、私のことを本当に心配してくれたり応援してくれた。

もちろん、院長が居なかったら、本当に兄と私だけの世界で、
更に孤立無援だっただろう。
たとえ、病院という場所でも、うちら2人と日常的に関わりがある唯一のものだったから。

たまに思い出して、院長を懐かしんだりしてたけど、
素朴な疑問として、わたしは何故、何十年も通院していたんだろう。
薬漬けの生活と悪化していく症状。

通院のきっかけというか原因は、強姦だったわけだし、
その過程で家族関係の問題も明らかになってきて、院長は家族関係に的を絞ったと言っていい。

カウンセリングも2人の先生とやったけど、一人は暴露療法をやる直前で終了。
二人目は、なにも出来ないまま終了(挨拶でおしまい)。
院長も、事件のことに殆ど触れず、というか、全く触れず。

あたしが通院を辞めて、社会復帰した頃から自分で考えるようになった。

そして、ここ数日で気付いたんだけど、
院長は、強姦被害者の回復について、ほとんど知識がなかったのだろう、と。

少なからず、文献的なもの、海外などの論文だの本もあっただろう。
でもまあ、今より確実に情報は入ってこない時代だったし、専門的な知識はなかったと思う。


レイプ神話という言葉がいつからあったのか判らないけど、
それすら知っていたのか定かではない。
というのは、レイプ神話を知っているなら、
「被害者には何の落ち度もなく、被害者を責めることは大きな間違い」という根っこの部分も知ることになるからだ。

実際、私が救われたのは、レイプ神話というものを知ってからだ。
私のせいではなかったのか!と、事件後20年近く経って、初めて知ったのだ。

院長と十何年も一緒に過ごしていながら、
ひと言も「あなたが悪いのではない。自分を責めてはいけない」という、
今では当たり前の言葉すら、一度もかけて貰ったことはない。

院長自身が(レイプ神話は別としても)、
その言葉のもつ重要性に気付いていなかったのだろう。
もちろん、院長が私を咎めることは一度もなかったんですが。

もし、私が院長にそういった言葉をかけてもらっていたならば、
もっと回復の助けになっていたかも知れないと思う。
被害者にとって、その言葉はとても重要なのだ。

著しく自尊心を破壊された者にとって、自尊心を回復させるということは、
強姦被害から立ち直る大きなきっかけになる。
強姦とは、人間としての尊厳を殺傷するものだからだ。

院長の過去の患者さんで、お二人が自殺された。
グループ療法というものがあるらしいですね、と私が問いかけた時、院長はそう言った。
だから私には絶対に勧めない、と。

いま、ネットでは被害者自身が自分の言葉で語る。

そして私には、レイプ神話という言葉ですら、もう古臭く感じてしまう。
それが、世間の意識と同じかというと、全く違うんだけど、
それくらい、被害者のなかに自発的な言葉が溢れてきているのだ。

院長の新しいクリニックにも、きっと私のような人が来ているだろう。
そのとき、過去のような対応では、被害者は、ただ薬漬けになるだけかも知れない。

院長が、知識不足からわたしのように強姦被害から目を背けさせ、
問題の核心から遠ざければ遠ざけるほど、
被害者の回復は見込めないことを、今は知っていると思いたい。

院長との思い出を、単純に懐かしがるのは違うんじゃないかと思った次第です。


追記**

院長が、治療の方針を家族関係に絞ったのには、確かに大きな意味があります。
母や父との関係や、幼少時からの環境なども強姦被害と絡み合う部分が確かにあったからです。
だから決して、院長を否定しているわけじゃないのです。

それと、院長がレイプ神話を知らなかったとしても、仕方ありません。
時代的制約もありますから。
院長が何故、強姦事件から遠ざけようとしたのか?
それも真意は判りませんが、少なくとも目の前の問題(症状)を追うだけで精一杯だったのでしょう。
また、家族との問題を克服することを優先したほうがいいと判断したのかも知れません。

ただ、今回どうしても書きたかったのは、
家族との関係よりもっと大事なことが「あなたのせいじゃない」というメッセージだと思ったのです。
その上での家族との関係だと。。

ここまで書いてアレだけど・・・・、
院長はさじを投げていたんじゃないか、と悲しくなってきた・・・。
何だか、やっぱりわたし厄介者だったのかな(悲)


他人とは思えない、お姉さんの彼女へ

雨宮処凛さんの記事『一億総貧困時代』を読みました。
是非、全文読んで頂きたいです。

「生き残ったのが、父じゃなくて私でよかった  利根川一家心中事件・裁判傍聴で明らかになったこと」

読んでいてフラッシュバックのように自分と重なる状況があって、
彼女の裁判での「今までの人生、惨めだなと思いました」という言葉が突き刺さりました。

親の介護という状況は、全然私とは違うけど、
私も、ある時期、生活保護の申請をしようと、福祉事務所へ相談に行ったこともありました。
そこでじゃないけど、別の人に「生活保護受けたいなら、一旦ホームレスになるしかない」と言われたこともあります。

自分で稼ぐことが出来ない状態や、生きることに絶望して、
惨めな人生だったな、と泣いていた時期もあります。
あの時、死んでたほうがマシだったと絶望して、何度も自殺を図っていました。

彼女は実刑になってしまったのですね。。
とても遣り切れない気持ちになります。

貧困という部分に於いて、そこだけでも救える道があるなら、
やっぱり未来は違っていたと思います。
彼女が置かれた状況と、
父親が数日後に入院手術が決まっていたのだから、
少なくとも治療費に関する心配がないように、救える方法はあった筈です。
一体なんの為の行政なんでしょうね。

役所というのは、本当なら出来ることがあったとしても、勿体ぶっているのか出し惜しみしているのか、
こちらから訊かないと、敢えて言わないでおこうとする所があるので、
そういう知識や交渉をできる人が居ないと、こういった対応をされてしまうのでしょう。

私が何度も自殺を図って緊急入院していた頃、その時の私は意識がないので、後から聞いたのですが、
父が役所の人に「今度やったら、保険を使えなくします。実費になりますから」と冷たく言われたそうです。
父が「そんなこといっても、死にたくなる病気なんだから」と返すと、
「御宅の場合は、頻度が多過ぎるんです」と。。
確かに最後のほうは、2ヶ月ごとに救急車で運ばれていましたけど、
社会から拒絶されるって、こういうことなんですね。


彼女の裁判での話を読んで、勝手に自分と重ねてしまいましたが、
こんな社会の一人として、申し訳ないような気持ちになりました。
「私の家族の話をもっとしたいけど」という貴方様の話を、いつか聞かせて欲しいと思いました。









25年経っても、疎外感は続く

(フラッシュバックにご注意ください)



あの日から25年経ちました。

いまでも続く、フラッシュバックと孤立感。

性暴力に関することに触れると、心の中が揺れ動いて、なかなかコントロール出来ません。


被害者の一人として「声を上げる」と、ひと言で言っても、

本当に独り言のようにボヤく程度にしかならない。

怒りが込み上げると、言葉もやっぱり荒くなる。

それを後から反省したり、もっと上手く伝えられないものかと凹んだりする。

怒りの言葉、これでも抑えているんですけどね。


基本的に、兄・ここで出会った友達以外の他人を信用していない、期待していない部分がある。

例えば、正直言って、前回書いた「月光」に関しても、それほどの期待はしていない。

わたしが今まで観てきた性暴力の映画、

告発の行方やWhen He's a Not Stranger、 田中裕子さんの「ザ・レイプ」、リップスティックとかですね。

告発の行方とWhen He's a Not Strangerは、ビデオでずっと繰り返し観ていました。

私にとって、特にこの2作品が心の支えでした。


月光も、きっと良い映画なんだろうなぁと思います。

加害者役の俳優さんも、トークショーで色々と語ってくれたらしいです。

今まで加害者役のひとが表舞台に出て喋ることって、私は聞いたことなかったので新鮮ですね。

実際、加害者の心理って深く突き詰めたものは無いように思います。

まあ、知りたくもないのが本音ですが。

役者さんは、いろいろ人物の背景なども考えて演じられたそうです。


私は劇場まで行く気力がないので、こういうこと言っちゃどうなんだろ?とも思うけど、

加害者役の人が、ステージ上に現れる効果って、心理的にちょっと私はキツイなと思う。

実際の役者さんは、とてもお洒落で別人みたいだったから、実際に目の前にいても大丈夫そうだけど。


でも、日本で映画作ると、PRの仕方が、どうしてこうなの?って思っちゃう。

子役の女優さんでもアイドルの子でもそうだけど、

日本は、やたらと女の子を取り巻く大人たちが「幼さ」を売りにするんだよなぁ。

神格化して、有り難がって、一種の飾り物にする。

この異様さに慣れ切ってしまってて、外国からするとロリコン天国だと思われてる。


月光も、その手のPRに少なからず加担してしまっていて、

そういうの見ると、何となく「嗚呼、信用できねえぞ」と警戒してしまう。

芸能界もしがらみだらけで大変なんだろうけどね。


で、私はそういう細かいところで警戒してしまう、閉ざしてしまうので、

こんなこと思うなんて、自分が変だからだ、と、また悩む。

こんなの誰も気にしてないのに、とか。

それで勝手に孤立感を噛み締めている、というわけです。




















あーあ(フラッシュバックにご注意ください)

とあるサイトで、20代前半と思われる男性の新入社員さんが、
部署違いの女性上司からセクハラを受けているという相談を読んでいたのですが、
コメントをしている女性と思われる方々の言葉に、ため息しか出ませんでした。

<それぐらい、うまくかわせるようになりなさい>とか、<年上の女性を敵に廻したね>とか、
根本的にダメ過ぎるコメントが多くて嫌になってしまいました。
もちろん、なかには真剣に被害を心配する声もありますが、
こうやって被害者が男性だと、どうして被害者の対応のまずさや言葉遣いなどの表面的な批判になってしまうのだろう。

被害者が女性であっても、同じような反応は一定数あるのですが、
こういう批判で被害者を咎めることは、めぐりめぐって自分自身が守ってもらえない社会を作っているだけなんですけどね。

女性は産まれた時から性的弱者であり、日常的に色んな差別や被害を受けてきたから、
それくらいで騒ぎなさんな、と言ってるようにも思える。
なんだかなぁ。
パワハラもセクハラも、私はもうオバチャンだから言い返せるし、
関係ないわ~と思ってるのかも知れないけど。

こういう問題で、性差関係ないと常々思っているのは、こういうことなのです。

男なんだから、それくらいで弱音を吐くなとか、年上女性をバカにするなとか、これも仕事のうちとか、
逆にこれを男性(女性もね)から言われたら、素直に納得できるでしょうか。

この相談者の男性が、セクハラをしてくる女性上司をオバサンと言ったからって、
年上女性をバカにすることを言ったからって、私はちっとも頭に来ません。
私自身、今まで色々な場面でセクハラ・パワハラも遭いましたが、
相手をまともに表現することなんかしませんでしたよ。
気持ち悪いオジサンとか、誰があんなオヤジなんか、と表現したし。
好きでもない、自分よりウンと年上の男の人なんか、はなから眼中にない!って思っていましたよ。
でも、それって品が問われるような問題ですかね?
自分が人権侵害を受けている、こんなときでも、相手を尊重すべきですか?

それにしても、心底嫌ですねえ。
立場を利用してズカズカと入り込んで来て、気持ち悪い。
前に、テレビで女性のお笑いタレントが、嫌がる若いアイドル男性に抱きついたりキスしようとしているのを観て、
吐き気を催したこと、このブログでも書いたけど、
本当にこういう、女性から男性へのセクハラを笑ってるのって、害悪でしかないな!と思います。






浄土真宗は私をざわつかせる(フラッシュバックにご注意ください)

なんか、ふざけてるようなタイトルでごめんなさい。
でも、結構、真面目にそう思っちゃうのです。

過去のことを多少なりとも、自分のなかで考えられるようになって数年経つけれども、
自分に起こったことを「乗り越えた」とか「克服した」とかいう言葉で表すと違和感あるし、
丁度良い言葉が見つからない。
乗り越えてもいないし、克服もしてないけど、なんとか生き延びてる感じというほうが当たってる。

最近、ふと思ったことがあります。
自分の過去にあったことを「許す」ことに、何の意味があるのか。

それまで、一切、頭の片隅にもなかった「許す」という言葉。
けれど、いつからか「許す」という言葉が目に付くようになったりして、
それについて考えないといけないような気分になってきて、
このブログでも「許す」って何を?みたいに書いたこともある。

多分、宗教的な意味が前提にあるのかも知れない。
無宗教の私には、未だによく理解出来ないままです。
両親の祖父母が、浄土真宗なので、親近感あるし親鸞とかは何となく興味があるけど、
言ってること殆ど理解出来ません。

この世の不条理や絶望を助ける導きとして、宗教があるのかも知れないけど、
難しくて私には理解できない。

お寺さんに、檀家でもない私が、
「私に解るように話して!」なんて頼めない・・・。忙しいだろうし・・・。
でも、そのために檀家になるのも嫌だし・・・。
わがまま(・。・;?

でも、突如として私の前に立ちはだかった「許す」とかいう言葉を、
見なかった聞かなかったことにすれば・・・・。
そもそも私は宗教やってないですしね。

この「許す」とかいう観念と出会ったとき、色々考えて悩みました。
結論として、「許せない私を許す」に落ち着いたような記憶が・・・・。

罪を憎んで人を憎まずって言葉は有名ですが、
浄土真宗botなんか読んでいると、胸の奥がざわざわするような言葉がいっぱい出てくるんです。
根っから、宗教に馴染めない体質なのかも知れません。

なにが私をざわつかせるのか__。

こちらのツイートなんですね。

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「許す・許さない」を言ってはいないけど、
私はどうしても加害者を連想してしまうんです。或いは、母や父、母の愛人だった男。
だから、引っかかってしまう。。
この言葉のあとに続く言葉があるのかな?
ここだけを読むと、どう受け止めていいのか困惑します。

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この流れで読むと、なんとなく繋がる感じもします。
それでもやっぱり、憎むという気持ちは恥じる心なんだなぁ。
そりゃ、憎まないで済むんだったら、誰も苦労しないですよね。
宗教のそういうところが苦手(>_<)

私は彼らを憎むことを已む無しと思ってるし、恥じる必要もないと思ってる。
父母に対しての思いは、もっと複雑ですが。
私は、私を殺そうとした相手を憎むし、恥もしない。悪いか?って言ってやりたいですね。

こういうのとかもね。
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結局、全ては自分の問題であり、苦しみも憎しみも自分が生み出した産物だと言われてる気がして。
究極の自己責任論って感じ?
自分を救うのは自分自身であって、阿弥陀さまでも何でもないんじゃないの?
それならそれでも良いんだけど。。

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これも、自分で消化する話だし。
私の場合は、友達が支えてくれたお陰で救われたのですが。



早い話、納得できないんですよね。もっと、噛み砕いて説明してくれないと・・・。
まあ、宗教だから憎しみの連鎖を推奨するわけないのだけど。
ここのところを、私に解りやすく説明してくれないかなぁ・・・。
あの、2代目の超イケメン住職さんが・・・。


でも、浄土真宗って、読んでると結構おもしろいのもあったりします。
浄土真宗の教えって、基本的には、何かさっぱりしてる感じ?
信じなさい信じなさい、唱えなさい唱えなさいと、くどいほど繰り返すような宗教と違って、
あなたが阿弥陀を放っておいても、あなたは救われる、みたいに。
そういうさっぱり感が、無宗教の私にも興味を持ったり、ちょっと知りたいな、と思わせるところです。
さっき書いたような理解出来ない部分はあるけどね。。

きっと、それは私が浄土真宗について何も知らないからでしょう。
どなたか、詳しい方がいたら教えて欲しいです。

でも、こんな言葉もあるんです。
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(↑こちらの言葉は、藤田徹文さん。浄土真宗本願寺派の布教使さんらしいです)
なんだか泣かせますよね。。もし、自分が弱ってるときに読んだら、きっと泣いてしまうかも。


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ね。。。ありのままじゃないですか。。。


こういう感じがざわざわさせるんです。
受け容れられない部分と、受け容れられる部分があるから、
気になっちゃうんですよねえ。。
別に檀家さんじゃないから、気にしなくても良いんですけどね。。

もし、意味するところが理解出来たら、自分にとって得るものがありそうだし、
理解は出来ても納得できなければ、それはそれで良いし。

今、辿り着いた場所が自分にとって自然なものだから、
例え親鸞さんと考え方が違ってても、別に良いじゃないかと。。。











2012年に出会った「ことば」

この頃は、誰にも言えなかったし話せなかった。
被曝のこと。
被曝したくない、というそれだけ。

シーベルト?ベクレル?
何にも分からないまま、ひとりで悶々としてた。

ベクレルを調べたりするうちに知った、危険厨の皆さん(笑)
ああ、危険厨は自分だけじゃなかったのだ!

2012年に、この歌を聴いて泣いた。
久しぶりに今日、聴いて、また泣いた。

あの頃も今も、そんなに変わってない。
やっぱり今でも、誰にでも話せることじゃない。
極々身近な人としか話さない。

そして、あの事故は収束してない。


保健所への動物の持ち込み禁止および殺処分の撤廃を求めるオンライン署名
*署名にご協力くださる際には、バナー内の署名タイトル文をクリックして下さると直接入れます* 個人・法人による犬猫の持ち込みや行政による殺処分は、動物愛護法に反しています。この事実に多くの国民がパブリックコメントでも指摘しています。
犬猫救済の輪
震災後、一番早く警戒区域へ飛び、被災ペット救出の活動をなさった動物愛護団体さまです。
東北地震犬猫レスキュー
「はいけい、にんげんの皆さま。」
今この瞬間にも命を絶たれようとしている犬猫たちがいます。 飼い主によって持ち込まれた子は、即日殺処分です。 安楽死と思われていますが実際は一酸化中毒で苦しみながら亡くなっています。 なかにはガスで死にきれず、まだ息をしてるのに焼却処分される子もいます。 どうか飼育放棄という手段ではなく、飼えない事情があるのなら、その子に新しい家族を見つけてあげて下さい。保健所は飼い主の代わりに飼ってくれる施設ではありません。迷子になってしまた子でさえも殆どの子は3日から7日で殺されます。その子の命を奪うことだけはしないで下さい。
ペットショップ 殺処分
パープルホットラインbyNPO法人全国女性シェルターネット
全国共通フリーダイヤルでいつでもどこでも相談出来ます。
パープル・ホットライン
性犯罪をいたずらと呼ぶのはやめよう
バナーをクリックすると【(性虐待サバイバーズ)花園パーシーズ】HPへジャンプします。
リンク
犬と猫のためのライフボート
保健所などに収容された犬猫たちを新しい飼い主さんに譲渡、譲渡の困難な病気の子たちなどは終生飼育されている、日本には珍しいシェルターです。
プロフィール

みぃ

Author:みぃ
~またプロフィール更新しました~

境界性人格障害・レイプによるPTSDの患者でした。
いまは単なる、スットコドッコイな親父オバ♪
大抵が勘違い&早とちり♪

08年、社会復帰したので、本格的にレイプと闘う気持ちになりました。
レイプ被害の現実などを、自分の一例としてたまに書いてます。
何か私にお話がありましたら↓(メルアド変わりました)
chibinet77(☆)yahoo.co.jp (☆)を@に変えてメールください。

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